日記・コラム・つぶやき

2024年3月28日 (木)

医療事故調査制度の欠陥

医療事故調査制度の欠陥

  医療法上、「センター調査」(第6条の171項)は、医療機関が「医療事故」(「当該病院・・・が提供した医療に・・・起因すると疑われる死亡・・・であって、当該管理者が当該死亡・・・を予期しなかったもの」(第6条の10第1項))に該当すると判断して医療事故調査・支援センターに報告した事例(第6条の171項は単に「医療事故が発生した病院等の管理者又は遺族から、当該医療事故について調査の依頼があったときは」と規定するのみであるが厚生労働省医政局長平成27年5月8日付通知(医政発05081号)は「医療事故が発生した医療機関の管理者又は遺族は、医療機関の管理者が医療事故としてセンターに報告した事案については、センターに対して調査の依頼ができる。」との限定解釈に基づく運用を各都道府県知事に対して指示する。)で当該医療機関の院内調査結果について遺族が第三者による検証を希望する場合にセンターの個別調査部会・総合調査委員会により行われる調査とされています。従って、医療法上の「医療事故」に該当することが明らかな場合でも、医療機関が自発的にセンターに「医療事故」の報告をしない限り、遺族からはセンター調査を利用することができないという欠陥があります。

 未破裂前交通脳動脈瘤につきコイル塞栓術を受けた高齢の女性が心タンポナーデを発症し出血性ショックで死亡した事例につき、死因についての医療機関の説明に不信を抱いた遺族から相談を受けました。

 脳神経外科の協力医から、医療機関の病理解剖所見は杜撰で凡そ死因解明の参考にはならず、医療記録のみでは死因を判断できない、第三者であるセンター調査による死因究明の方途を勧める旨意見を聴取しました。そこで、遺族から医療機関に対し、改めて死因の説明を受けるとともにセンター調査の申込を求めることを回答しました。

 この遺族からの申し入れに対し、医療機関は、院内調査委員会による調査を行い、プロタミンによるアナフィラキシーショック→DIC→心タンポナーデ→心臓手術後の癒着+予備能力不足(高齢・心臓胃癌手術後)→死亡という院内調査結果と本事例は医療事故に該らないのでセンターへ事故報告しない旨の報告書を遺族に交付しました。

 前記のとおり、医療機関が自発的にセンターへの医療事故報告をしない以上、遺族からのセンター調査申込は受理してもらえないため、やむなく、訴訟(鑑定含む)の方向で検討を開始することとしました。その訴訟準備の過程で、事件の進行状況を研究会の例会で報告する機会があり、研究会の事務局長から厚生労働省医政局総務課長通知(医政総発06241号)「医療法施行規則の一部を改正する省令の施行について伴う留意事項等について」第二、4に、センターに対して遺族等から相談があった場合、遺族等からの求めに応じて相談の内容等を病院等の管理者に伝達すること、という規定があるので、当該規定に基づいて、センターから病院に対し医療事故の報告をするよう伝達してもらう手段がある旨アドバイスを受けました。

 右アドバイスに従い、プロタミンによるアナフィラキシーショックの死亡事故は医療法第6条の10第1項の「医療事故」に該当しセンターに報告されるべき事例であり、医療機関には同法同条同項の「医療事故」としてセンターへ報告する義務の違反があるとして、センターに医療機関へ医療事故報告を促す伝達を求めると同時に、医療機関に対しても、センターへの医療事故報告を求める旨の通知を発送しました。

 その結果、医療機関に代理人がつき、センターへ医療事故報告をなすと同時に院内調査を医療事故調査手続に基づく院内調査とするため改めて遺族への結果説明の機会を設けたうえでセンターへの結果報告をし、センター調査手続が開始されるという運びとなりました。  

 センターへ相談し、センターから医療機関に対して相談内容を伝達してもらうことにより、医療機関からセンターへの医療事故の報告を実現することができた本事例が、今後、ご遺族が医療事故調査制度を利用するうえでの手助けとなればと思い、参考事例として紹介する次第です。

                                   弁護士 山内 容

2023年6月 8日 (木)

カルテへの記載と不記載

 カルテへの記載は、裁判上、どのような意味をもつでしょうか。

 カルテは医療関係者が業務の一環として規則的かつ経時的に作成されるものです。カルテが紛争発生前に作成されることも踏まえると、カルテに記載がある場合、一般にはその記載に沿った事実があるとの推認が働くこととなるでしょう。裁判例でも「診療録の記載内容は、患者と医師との間に紛争が生じた後に提起される医療訴訟においても、患者の診療経過を明らかにするものとして重要な証拠となり、特段の事情がない限り診療録の記載に従って診療の経過が認められることになる」と判断されています(東京地判平成151128日)。

 もっとも、その推認が働かない場合があります。典型例はカルテの改ざんです。カルテの改ざんやその可能性が認定された裁判例も少なくありません。一方、電子カルテの場合には、一般に更新履歴が残るため改ざんは困難だと言われています。しかし、電子カルテの改ざんを認めた裁判例もあり注意が必要です(大阪地判平成24330日判タ1379167頁)。

  それでは、カルテへの不記載の場合はどうでしょうか。

 症状が存在したはずだが記載がない、処置や検査をしたが記載がない、というような事例です。一般的に、記載がないことからその事実がないと直ちに判断するのは難しいかもしれません。見落としの場合もあれば、細かな事柄だから記載しなかった、緊急だったので記載できなかったなど、様々なパターンがあり得ます。もっとも、診療録の作成は義務であることから「カルテに記載がないことはかえって診察をしなかったことを推定せしめるものとすら一般的にはいうことができる」と述べている裁判例もあります(岐阜地判昭和49325日)。記載があるはずなのに記載がない、記載しなかったことに合理的な説明がないなど個々の事案に応じて不記載をもってその事実が存在しないことが裏付けられることもあるでしょう。

                                   弁護士 寺谷 洋樹

2022年10月13日 (木)

ナビゲーションシステム等の先端機器を利用した場合における過失認定

 先日、背骨を骨折した患者に対し、骨を固定するための医療金具を脊椎に挿入する手術を行ったが、その際に、誤って脊髄まで圧迫してしまった、その原因が、手術を行っていた医師としては金具挿入時に違和感を感じていたが、手術用ナビゲーションシステムのモニター画面では適切な位置と表示されていたため挿入を続けたためだったという事案で裁判になっていたところ、和解が成立したという記事を読みました。

 上記記事を読んだ際に、ナビゲーションシステムの利用は手術を正確・安全に実施するためのものであり、現在はかなり精度も上がっているのだから、場合によっては医師の「感覚」よりもナビゲーションシステムを信用すべき場合もあり得るのではないか、そのような場合において過失の認定をどのように考えるのか疑問に感じ、ナビゲーションシステムについての文献を少し読んでみることにしました。

 文献によれば、ナビゲーションシステムにはいろいろな種類があるものの、いずれの場合においても、患者の解剖学的情報と、術前・術中の画像情報との位置合わせ(レジストレーション)が最も重要だそうです。

 つまり、ナビゲーションシステムの仕組みとしては、位置感知システムと当該システムに基づくデータを高速画像処理するワークステーションから構成されているわけですが、位置感知システムを正確に作動させるためには、正確な情報、つまり正確なレジストレーションが重要であり、レジストレーションが正確に行われていれば、モニター上に示される位置と、真の位置との違いは1ミリ以下になるそうです。

 では、レジストレーションが正確になされていれば、全く問題がないか、というと、どうもそうではないようです。

 「誤差1ミリ以下」と聞くと、もはや驚異的な誤差の範囲内のように思いますが、やはり、小さくても誤差があることには変わりはなく、また、金具挿入時等に椎体が動いてしまうこともあり、そのために誤差が大きくなってしまうこともあるとのことでした。

 上記を踏まえると、「レジストレーションをきちんと行っていなかった」場合は「過失」が認定される可能性が高くなるのでしょうが、現時点においては、レジストレーションをきちんと行っていた場合であっても、ナビゲーションに依存することなく、術前に把握した情報に基づいて医師自らが判断しない限り、やはり過失が認定される可能性があるのだろうと感じました。

 今後、このような機器等を用いた手術に関する裁判例等も増えるかと思いますので、注視していきたいと思っております。

                                 弁護士 大城 季絵

2020年12月 3日 (木)

新型コロナウイルスと医療事故

 2020年は、新型コロナウイルスが猛威をふるった年でした。「医療崩壊」と言うキーワードがすっかり定着しましたが、我々市民の日常生活にはそれほど影響が現れていなくても、医療制度の方が先に倒れてしまうことがあることが分かり、医療制度の脆弱性が浮き彫りになりました。医療は我々の健康や生活を守ってくれるものだとばかり思っていたのに、逆に、我々市民が医療制度を守るために生活様式を変える日が来るなんて誰が想像していたでしょう。

 さて、新型コロナの影響は、医療事故にも及んでいるようです。

 2020年4月、新型コロナウイルスに感染して兵庫県内の病院に入院していた50代の男性が治療中に容体が悪化して死亡したという件で、医療機器を使用した際に血管を傷つけたという医療事故の可能性が否定できないとして警察が司法解剖を依頼したものの、少なくとも4つの大学が、感染対策が不十分で受け入れが困難などと回答し、最終的に解剖が実施されなかったケースがあったという報道がありました(2020516日/NHK)。

 この報道によれば、法医学教室は全国に約80あり、年間2万件の司法解剖を行っているとのことですが、新型コロナウイルスの感染リスクを考えると、どこも積極的に受け入れるのは難しい状況のようです。

 解剖には、司法解剖(事件性のある変死体の死因を調べる)のほかに、行政解剖(事件性のない変死体の死因を調べる)、病理解剖(病死した場合に遺族の承諾を得て死因を調べる)などがありますが、感染リスクの問題があることは共通です。もし解剖が行われないと死因の特定や治療の適切さが判断できず、医療事故の可能性があっても、立証する材料が不足しているとして訴訟を断念することにもつながってしまいます。そのようなことがないように、解剖現場での感染リスクの問題が改善されることが急務といえます。

                                                                                  弁護士 中村 新造

 

2020年7月 9日 (木)

医療事故の時効

 医療事件を含む損害賠償請求には時効があります。時効になった後に裁判を起こし,相手から「時効により消滅している」と主張されると,裁判は棄却されます。

 なぜ時効というものがあるかというと,一般的には,①長く続いた状態を法的に確定させる,②時間が経ったことで証明が困難になった者を救済する,③怠慢な権利者は保護しないといった理由が挙げられています。

 医療事故により損害賠償を請求する場合,不法行為として請求するか,債務不履行で請求するか,二つの方法があります。2020331日までに発生した事故については,改正前民法により,不法行為の場合の時効は「損害と加害者を知った時から3年」,債務不履行の場合の時効は「医療事故の時から10年」とされていました。これが,改正民法では,202041日以降に発生した事故については,人の生命・身体を侵害する不法行為の場合は,「損害と加害者を知った時から5年」,「医療事故の時から20年」,人の生命・身体を侵害する債務不履行の場合は,「権利を行使することができることを知った時から5年」,「権利を行使することができる時から20年」とされました(詳しくは当研究会「医療ミスでは?と思ったら読む本〔第2版〕」Q88を見てくださいね)。

 しかし,時効で権利救済が図れなくなることに疑問を持たざるを得ない事案もあります。最近では,1957年に旧優生保護法に基づき強制不妊手術を受けた被害者が,被害の実態を初めて知った2018年に裁判を起こした事案について,裁判所は,時効と似た除斥期間(じょせききかん。行為から20年で損害賠償請求権が消滅するとされていました)の規定を適用して,訴えを棄却した事案があります(東京地判令和2630日)。そもそも除斥期間というのは何のためにあるのか…と強く疑問を持った判決でした。時効の趣旨が当てはまらず,時効の期間を経過してもなお権利を救済しなければならない事案があるのです。

 医療事故については,実際に医療事故かどうかが分からないことも多く,被害者が債務不履行を認識し損害賠償を現実に行使できるところから時効がスタートするという裁判例(大阪地判昭和63715日)や,証拠保全申立ての時から時効がスタートするという裁判例(大阪地判平成10216日)があり,時効については柔軟に判断されることがあります。

 時間が大分経っていて大丈夫かな…と思っても,まずはご相談してみてください。

                                  弁護士 関哉直人

2020年6月11日 (木)

カルテの改ざんについて

 数年前に受任した事件で,カルテの改ざんが問題になったものがありました。同事件では,依頼者がカルテの任意開示を受けていましたが,訴訟で被告が証拠提出してきたカルテには,任意開示時点では記載されていなかった事実が複数追記されていました。同事件は和解で終結したため,裁判所の判断が示されることはありませんでしたが,改ざんに係る事実について,カルテの記載は信用性を欠く旨の主張をしました。

 ここで,診療録等の記載内容について裁判所がどのように考えているかという点について,東京高判昭和56924日判時102040頁は「診療録の記載内容は,それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り,医師にとつての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によつて,その真実性が担保されているというべきである。」と判示しています。同判示からすると,診療録等に記載されている事実については,その記載に即した事実が存在するとの推認が働くと考えられます。

 そのため,患者・遺族側としては,カルテの改ざんがなされた事実を主張立証しなければならないことになります。改ざんを認定した裁判例は複数ありますが,例えば,仙台地判平成141212日判タ1185267頁は,証拠保全後に改ざん(追記)されたと認定しています。他にも,大阪地判平成24330日判タ1379167頁は「当時電子カルテでありながら,書き換えた際に書換え前の記載が保存されない設定になっていたこと」などの事実も考慮して,改ざんの事実を認定しています。

 そして,改ざんの事実が認められた場合には,医療機関側の主張の信用性を大きく低下せしめることになると考えられます。この点,東京地判平成151128日(判例秘書登載)は「被告クリニックにおける診療経過が明らかではないという不利益を原告らに負担させてその事態を引き起こした被告に有利に取り扱うことができないのはいうまでもないところであり,本件事故についての被告の過失を認定するに当たっての前提事実については客観的な証拠に反しない限り,原告らに有利に認定して過失判断を行うべきであるし,被告が本件診療録及び本件麻酔記録をねつ造したという事実は,被告の過失を認定する上で,被告に不利益になる事情であると考えられる。」と判示しており,参考になります。

 冒頭で紹介した事件のほか,上記裁判例のように証拠保全後に改ざんがなされるケースもあるようですので,開示済みのカルテと,訴訟係属後に医療機関側から提出されたカルテとの照合作業が必要であると思いました。

                           弁護士 品谷 圭佑

2019年11月 7日 (木)

診療ガイドライン

医療の分野では、診療科ごとに診療ガイドラインが発表されていることがあります。たとえば、産婦人科診療ガイドライン、形成外科診療ガイドライン、前立腺がん検診ガイドラインといったものです。

最近では、かなりの数にのぼっています。公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している事業の中にEBM普及推進事業Mindsがあり、ここで診療ガイドラインを公表しています(https://minds.jcqhc.or.jp/)。

そもそも、診療ガイドラインとは何かというと、Mindsの定義によると、「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」とされています。「最適と考えられる推奨を提示する文書」とあるように、医師がどのように治療をすべきか迷ったときなどに指針を与えるものといえるでしょう。

このように診療ガイドライン(以下「ガイドライン」とします)は、臨床現場において指針を与えるもので医療の世界のものですが、それが医療訴訟の中で採り上げられ、裁判の世界に入ってくることもあります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合、その診療行為に過失(注意義務違反)があるのではないかという形で問題になります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合に直ちにその診療行為に過失があることにならないのは、もちろんです。

過失があるというのは診療当時の医療水準に違反していることをいいますが、ガイドライン違反=医療水準違反、とは必ずしもいえないからです。

ただ、ガイドラインは医療水準を知るための有力な証拠であることは間違いなく、裁判でガイドラインが問題になった場合、裁判所はガイドラインについてよく検証しなければなりません。

ガイドラインにもいろいろなものがあるので、一概にはいえないですが、ガイドラインがある治療法を推奨している場合、それと異なる治療法を採用したときには、医療側においてその理由を説明する必要があり、合理的な理由もなくガイドラインとは異なる治療法を行っていた場合には過失が事実上推定されるという考え方があります。

 

ガイドラインには、ときどき、前書きなどで次のような文章が書かれていることがあります。

(1)「このガイドラインは個々の臨床家の裁量権を規制するものではなく、一つの一般的な考え方を示すものと理解すべきであることを強調したい。したがって、このガイドラインの記載通りに治療を行わなかったという理由だけで、訴訟の対象になる事は考え難い。」脳卒中治療ガイドライン2009

ここでは、先ほど、書きましたように「ガイドライン違反=医療水準違反」とは必ずしもいえないということが、より具体的に表現されています。

ガイドラインが「最適と考えられる推奨を提示する文書」であるといっても、そのときの患者の容態や状況は千差万別ですので、ガイドラインに違反するようにみえても、そのときの患者の容態や状況により実際の診療行為には合理的な理由があって医療水準に違反していないという場合は当然考えられます。

さらに

(2)「ガイドラインを遵守していただくことは重要であるが,ガイドラインにとらわれすぎず,状況に応じて上手に利用していただければ幸いである。なお,本委員会は,本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」(日本版敗血症ガイドライン2016)とまで書かれているものもあります。

医療訴訟は病院や医師を被告とする裁判であり、医療の向上のために作成したガイドラインが、裁判で医師を攻撃する材料に使われるのは許されない、といった考え方に基づいているようにみえます。

しかし、医療訴訟は損害賠償請求訴訟であり、被害者に民事的救済をあたえるべきかどうかを決めるものですから、ガイドラインを有力な証拠として採用し、その結果得られた医療水準に照らして、当該診療行為がそれに違反していれば、過失ありとしなければならないと思います。

従って、「本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」と書かれているからといって、このガイドラインを裁判で使うことができないとはいえないと思います。

                                 弁護士 島津 秀行

2019年6月14日 (金)

医療事故調査制度をより効果的な制度にするために

みなさんは、医療事故調査制度をご存知でしょうか。

医療事故調査制度は、医療の安全を確保するため、医療事故の再発防止を行うことを目的として2015年10月に開始した制度です。

当該制度において、医療機関は、医療事故が発生した際には、まず遺族に対する説明と医療事故調査・支援センターへの報告をし、その後、速やかに院内事故調査を行ったのち、その結果を遺族と医療事故調査・支援センターへ報告することになっています。そして、医療事故調査・支援センターにおいて、その結果を整理・分析し、さらにはそれに基づく啓蒙活動等を行うことによって、医療事故の再発防止に役立てるのです。

この医療事故調査制度に関し、今年の4月に、当該制度に基づいて2018年に医療機関が報告した「患者の予期せぬ死亡事故」が377件であり、報告件数がほぼ横ばい状態であるばかりか、制度開始時に想定していた報告件数(年1300件~2000件程度)を大幅に下回っているという記事が掲載されました。

確かに、制度開始時に想定していた報告件数そのものが多すぎたという側面もあるかもしれませんし、実際、現状の数字でも妥当な報告件数であるという意見もあるようです。

しかしながら、医療事故調査制度は、発生した医療事故を検証し、その結果を、将来の医療事故の再発を防止に役立てるという制度であって、本来、患者・医療機関双方にとって有意義な制度であるはずなのですから、報告件数が伸び悩んでいる理由等についても、本当に報告すべき医療事故がすべて報告されているのか、報告されていない場合には、なぜ報告がなされないのか等に関してきちんと検討することが不可欠と考えます。

この点に関し、医療事故調査制度を運営する日本医療安全調査機構は、医療機関における制度の理解が不十分であることを理由に挙げているようですが、本当にそれだけなのかという疑問はあります。

例えば、医療事故調査制度は医師の個人責任の追及を目的とする制度ではありませんが、医療機関側としては、調査の結果を遺族に対して報告することになるわけですから、当該報告内容を遺族が民事裁判等で用いるのではないかという危惧があり、それが報告を躊躇させる、あるいは「患者の予期せぬ死亡事故」という定義の判断を恣意的に狭める結果になっていないでしょうか。

とても難しい問題であり、今日・明日に解決する問題ではないと思いますが、せっかく開始された医療事故調査制度を、今後、より一層意義のある制度に育てるためにも、医療事故調査制度に関わる全ての立場の人の意見を集約し、忌憚のない意見交換を行っていく必要があるように思いました。

                      弁護士 大城 季絵

 

2019年5月 9日 (木)

医療や医薬品とコンプライアンス

    昨今,企業不祥事の発覚や予防策を語る時,「コンプライアンス」という用語(概念)が

使われることが少なくない。「コンプライアンス」とは,単に法令を遵守していればよいの

ではなく,「社会からの要請や期待に応じた適切な活動を行うこと」を意味する。ただ,

企業活動におけるコンプライアンスの実現といっても,企業を動かすのは最終的には1人

1人の人間(の集団)であり,個々の行為者の意思決定や行動に対して効果的に働きかけ

る(意思決定や行動を統制する)手段がなければ,コンプライアンスの実現は不十分で

ある。そのための行動統制の手段として,法律上の責任の追及が行われる。

 医療の進歩と普及により我が国は超高齢化社会を迎えており,医療や医薬品や介護は

「成長産業」ということができる。医療行為を行う病院や医薬品を供給する製薬会社は,

多数の人間によって組織的な活動を行うという点で,一般企業と同様であるが(製薬会社

の活動は正に企業活動である。),医療や医薬品は人間の生命や身体(健康)に直接の影響

を与えるという特徴を有している。そして,生命や身体への影響の中には,医療や医薬品

の効果による生命や健康の保全というプラス面だけでなく,医療過誤や医薬品の欠陥ない

し副作用による生命や健康に対する侵害というマイナス面があり,医療や医薬品には生命

や身体に対して致命的な影響を生じさせる危険が存在する。また,病院や製薬会社は,

魅力ある製品やサービスを開発し消費者にアピールしながら提供することによって企業

収益の増大と企業価値の向上を目指す一般企業とは異なる面がある。さらに,特に医療に

関しては,高度の専門性とそれを支える資格者のプロフェッションとしての独立性と裁量

判断という特徴があり,外部の目や批判が入りにくいという伝統的な体質がある。

 医療や医薬品をめぐる紛争における法律上の責任の追及は主に損害賠償請求という民事

事件であり,そこでは,問題とされた行為を行った特定の個人(人間)の責任(個人責任)

よりも,法人の責任が問題とされることが多い。つまり,民事医療過誤事件についていえ

ば,医療機関の開設者(法人)を責任追及の相手(被告)とするのが一般であり,医師

個人に対する責任追及は少ない。従って,意思決定と活動を行う個々の人間(行為者)に

対する行動統制手段としての効果には限界があるが,生命や身体(健康)の保全を任務と

する医療や医薬品に関する組織体の一員として活動する者に対して,医療や医薬品の安全

確保に向けた(法律上の責任の追及に裏付けられた)行動準則を提示しその遵守を求める

ことは,医療や医薬品に従事する者に対して,社会からの要請や期待に応じた活動を求め

るものといえ,医療や医薬品におけるコンプライアンス実現のためには重要である。

コンプライアンスという用語(概念)が意味する「社会からの要請や期待に応じた適切

な活動を行うこと」は,生命や身体(健康)の保全を任務とする医療や医薬品に関する領

域においても,重要な意義を有している。

                   弁護士 上田 正和

 

2019年2月 8日 (金)

安田講堂事件から50年経って思うこと

 1月19日朝、テレビが、東大安田講堂に機動隊が導入された日から50年と報じていました。安田講堂の占拠は、1968年インターン制度廃止を軸とした研修医の待遇改善運動の中で発生した医局員と学生の衝突を理由に大学当局が学生のひとりを誤認処分をしたことが契機ではじまったと聞いております。医療事故研究会は、1969年の安田講堂事件の後、同事件をはじめとする闘いの中で逮捕された学生の弁護をした弁護士と医学部闘争にかかわった医師との間で勉強会をするなかでできました。

 それから50年、医師の待遇改善はすすんだのでしょうか。この間、新しい医療機器は開発され、普及しました。医学的研究もすすみました。しかし、東大闘争において問題とされた、研修医や病院勤務の医師の待遇は改善されたのでしょうか。50年前とあまりかわらないのではないかと思います。

 アベノミックス政策の一環として働き方改革実行計画案が出されて、平成29年3月28日「働き方改革実現会議」の決定にもとづき、厚生労働省は「医師の働き方改革の検討会」を設置して平成31年1月11日、医師の長時間労働の実態をふまえて「医師の労働時間短縮に向けた取り組み」として2024年4月から医師の労働時間の上限を一般勤務医には休日労働を含めて960時間とする。特例として救急や在宅医療で緊急性の高い医療に対応する全国の施設などに限り上限1900~2000時間を認めるとの案をだしました。この背景には、現実には、緊急性の高い医療を行っている現場の医師は1900~2000時間働いている現実があります。これを特例としないと緊急の現場はまわらないのです。しかし、これでは、医師の長時間労働を是認したことになっても、医師の労働時間を短縮したことにはなりません。緊急の現場で働く医師の不足のなかで、医師の労働時間の短縮をどう実現するか、難しい問題です。

 日常の1日8時間の勤務にプラスして休日を含めて1900時間~2000時間残業をするとしたら、どうゆうことになるかざっと計算をしてみました。1年365日は、8760時間です。この内1日8時間寝るとして2920時間、正規の勤務として1日8時間働くとして2920時間、残りが2920時間、このうち1900時間から2000時間残業をするとしたら1020時間から920時間しか残りはありません。これを365日で割ると1日あたり2時間79分~2時間52分、この中には通勤時間も含まれます。通勤時間を引いたら、食事、入浴時間など生活に最低必要な時間しか残りません。他に何かをしようとしたら睡眠時間を削るしかありません。患者に直接接する医師に時間にゆとりのある生活の保障がなければ、本当に良い医療は行われません。一部の医師の犠牲的長時間の働きにより維持されている日本の医療の現場の改善が必要です。医学部の受験において、男女差別を行った大学を擁護するつもりはありませんが、卒業後、長時間でも自由に働かせることができる男の医師を附属の大学病院に勤務させたいとの大学の本音もわかります。しかし、問題は、一部の男の医師、に、犠牲を強いて働かせることではなく、ゆとりをもった時間がもて、男、女ともに平等に働ける勤務体制をつくることです。

 亡くなった原因は別ですが、私は、自分の時間をさいても、良心的な活動をされていた医師が、若くして亡くなつたケースに何件かであっています。

 政府は、ライフワークバランスとの名のもとに、働き方改革のキャンペーンをしていますが、企業側の要求ではなく、本当に働く者のことを考えているのか疑問に思っています。

                                弁護士 伊藤 まゆ

 

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