日記・コラム・つぶやき

2024年11月15日 (金)

医療事件に取り組みながら思うこと

1 医療事件(医療過誤事件)に取り組むようになってから25年以上が経ちます。 私は,医療事件以外の案件の取扱いも多いですが,医療事件に取り組む際に思うことを,(整理されていませんが)感想文的に述べさせていただきます。

2 「案件ごとの個別性」が大きいこと

  弁護士が取り扱う業務は,紛争案件であるか否かを問わず,同じものはありません。全く同様の案件のように見えても,どこかに違いがあり,また依頼人の個性や価値観も様々です。

 その中でも,医療事件はとりわけ個別性が大きいと思います。人間の身体に起きたことを問題にしますので,患者の年齢・病歴・症状,そして具体的な医療行為とそれによる変化は人によって異なります。また,医療機関によっても対応は異なります。案件の進行においても,医療機関による説明の内容・程度,それを踏まえた対応(示談交渉や訴訟における要求内容等)は区々で,その都度,依頼人と相談しながら慎重に進めることになります。

3 相談者(依頼人)の「期待と解決(案件の終了)のズレ」

  医療事件における相談者(依頼人)の期待は,「真実を知りたい。そして,医療機関に非がある場合には謝罪してもらいたい。」ということが多いと思います。

 ただ,生身の人間の身体に起きたことを,事後に完全に明らかにすることは困難(不可能)です。再現することもできません。医療機関から可能な限りの情報と説明を提供してもらうことにより,いわば「情報の獲得」によって(制約があるものの)どこまで真実に近づけるのか,ということになります。依頼人の「納得感」の向上にできるだけ努めることになります。

 他方で,法律上の解決は,金銭賠償が基本です。医療機関の「過失」や「因果関係」という規範(評価)を伴う要件を「賠償金額」という数字にどこまで反映することができるのか,という問題になります。被害内容によるものの,患者側に支払われる金額の大小が医療機関の行為の問題性を客観的に示すという面がありますが,果たして相談者(依頼人)が弁護士に依頼した時の期待と整合しているのか,常に気になります。

4 「起きたことを具体的にイメージ」すること

 医療事件に取り組む際には,医療記録や医療機関側からの説明書面をていねいに読み込みます。特に,医療記録については,読むたびに新たな発見があることが多いです。

 そして,集中して読み込んだ医療記録と依頼人の説明を基に,具体的な医療の場面を思い浮かべます。目をつぶって具体的な出来事(例えば,血管の壁を力を入れて不用意に削り過ぎてしまったとか,認知症の患者が要領を得ない言葉を発するのでうるさいと思って放置した等)をイメージします。論理的ではないかもしれませんが,私はこのイメージを大切にしています。代理人弁護士が医療行為の問題性(つまり勝訴)のイメージを持てない場合には,その案件は責任追及が難しいと思います。見方を代えれば,勝訴のイメージを持てれば,それを尋問における質問(とっさの対応)や,弁論準備手続や和解における裁判所への説明と説得に活かすことができます。自分の頭と体から出てくる発想や感覚というものです。

5 我慢と忍耐と根気強さ

  医療という専門性が高いテーマについて,調べながら多くの資料を検討してそれを文章にするという作業は負担が大きいです。特に,複数(多数)の医療訴訟を同時に抱えている場合には,被告(医療機関)からの詳細な準備書面と膨大な医療記録を前にして,立ち往生しそうになります。

 ただ,これまで何度も一体どうなるのだろうと思ったことはありますが,幸いにも,何とか無事に業務を続けられています。我慢とか忍耐とか根気強さというものが少しは必要なのかもしれません。

6 医療事件への取り組みを続けている理由

  これまで私が抱いていることを感想文的に述べてきましたが,このような事情が あるにもかかわらず医療事件に継続して取り組んできたのは,人間の身体や医療というものに興味と関心があるというのが理由の1つであると思います。大学時代には医事法を研究されていた先生のゼミに参加していました。当時は,脳死や臓器移植が重要なテーマでした。 

 また,私は,会社から契約案件やМ&A交渉の依頼を受けることが少なくありませんが,経済的合理性とスピードに優先度がおかれるこれらの案件と医療事件とでは,依頼人の発想や期待が大きく異なります。全く異なる種類の案件を行っていることも,やや新鮮な発想で医療事件に取り組めている理由の1つといえるかもしれません。

7 最後に

  私が医療事故研究会に参加させていただいてから長い年月が経ち,私より若い会員の方が増え(私はいつのまにかシニアのグループになってしまった,という印象です。),私がかつて幸運にも諸先輩から受けることができた知識や経験を次の世代の方々にお伝えできているという自信は全くありませんが,引き続き私なりに頑張っていきたいと思います。 

                          弁護士 上田 正和

2024年6月13日 (木)

世にでない医療過誤

 1年ほど前から、医療過誤を繰り返すある医師を題材とした漫画がインターネット上に公開され、段々と話題になっていました。内容に真実味があり、フィクションではなく、本当のことを題材にしているのではないかといった感想を持つ読者が多かったようです。最近になって、この漫画の話題がまた大きくなってきました。その理由は、この漫画はやはり事実をもとにしたものであり、そして、その題材となった医師も特定されつつあるからのようです。この辺の話の真実性はわかりませんし、ここで話したいのは、描かれている医師がどこのだれかということではありません。

 漫画の内容としては、医療過誤やその他の問題を度々起こす医師と、それに対する病院の対応が中心に描かれています。その中で、患者又はその遺族については、医療過誤があったことを知らないままに絶望していく様子が描かれています。

 この漫画にも描かれているように、仮に医療過誤があったとしても、患者や遺族に対する説明において、それが余程明らかなものでもない限り、医療過誤をごまかそうと思えばごまかせるものなのだと思います。それは、医師と患者や遺族とでは、医学的な知識に圧倒的な差があるからです。ですので、事後的に医療過誤として認められた事案というのは本当に氷山の一角で、ほとんどの医療過誤が、医療過誤と気づかれないまま埋もれていってしまっているのだろうと思います。

 医師においては、医療過誤があった場合、又は、医療過誤の可能性がある場合には、そういった全ての可能性も含めて患者や遺族に説明してほしいと思います。それが専門家としての責任であり、矜持なのではないかと思います。

                                     弁護士 福原 亮

 

2024年3月28日 (木)

医療事故調査制度の欠陥

医療事故調査制度の欠陥

  医療法上、「センター調査」(第6条の171項)は、医療機関が「医療事故」(「当該病院・・・が提供した医療に・・・起因すると疑われる死亡・・・であって、当該管理者が当該死亡・・・を予期しなかったもの」(第6条の10第1項))に該当すると判断して医療事故調査・支援センターに報告した事例(第6条の171項は単に「医療事故が発生した病院等の管理者又は遺族から、当該医療事故について調査の依頼があったときは」と規定するのみであるが厚生労働省医政局長平成27年5月8日付通知(医政発05081号)は「医療事故が発生した医療機関の管理者又は遺族は、医療機関の管理者が医療事故としてセンターに報告した事案については、センターに対して調査の依頼ができる。」との限定解釈に基づく運用を各都道府県知事に対して指示する。)で当該医療機関の院内調査結果について遺族が第三者による検証を希望する場合にセンターの個別調査部会・総合調査委員会により行われる調査とされています。従って、医療法上の「医療事故」に該当することが明らかな場合でも、医療機関が自発的にセンターに「医療事故」の報告をしない限り、遺族からはセンター調査を利用することができないという欠陥があります。

 未破裂前交通脳動脈瘤につきコイル塞栓術を受けた高齢の女性が心タンポナーデを発症し出血性ショックで死亡した事例につき、死因についての医療機関の説明に不信を抱いた遺族から相談を受けました。

 脳神経外科の協力医から、医療機関の病理解剖所見は杜撰で凡そ死因解明の参考にはならず、医療記録のみでは死因を判断できない、第三者であるセンター調査による死因究明の方途を勧める旨意見を聴取しました。そこで、遺族から医療機関に対し、改めて死因の説明を受けるとともにセンター調査の申込を求めることを回答しました。

 この遺族からの申し入れに対し、医療機関は、院内調査委員会による調査を行い、プロタミンによるアナフィラキシーショック→DIC→心タンポナーデ→心臓手術後の癒着+予備能力不足(高齢・心臓胃癌手術後)→死亡という院内調査結果と本事例は医療事故に該らないのでセンターへ事故報告しない旨の報告書を遺族に交付しました。

 前記のとおり、医療機関が自発的にセンターへの医療事故報告をしない以上、遺族からのセンター調査申込は受理してもらえないため、やむなく、訴訟(鑑定含む)の方向で検討を開始することとしました。その訴訟準備の過程で、事件の進行状況を研究会の例会で報告する機会があり、研究会の事務局長から厚生労働省医政局総務課長通知(医政総発06241号)「医療法施行規則の一部を改正する省令の施行について伴う留意事項等について」第二、4に、センターに対して遺族等から相談があった場合、遺族等からの求めに応じて相談の内容等を病院等の管理者に伝達すること、という規定があるので、当該規定に基づいて、センターから病院に対し医療事故の報告をするよう伝達してもらう手段がある旨アドバイスを受けました。

 右アドバイスに従い、プロタミンによるアナフィラキシーショックの死亡事故は医療法第6条の10第1項の「医療事故」に該当しセンターに報告されるべき事例であり、医療機関には同法同条同項の「医療事故」としてセンターへ報告する義務の違反があるとして、センターに医療機関へ医療事故報告を促す伝達を求めると同時に、医療機関に対しても、センターへの医療事故報告を求める旨の通知を発送しました。

 その結果、医療機関に代理人がつき、センターへ医療事故報告をなすと同時に院内調査を医療事故調査手続に基づく院内調査とするため改めて遺族への結果説明の機会を設けたうえでセンターへの結果報告をし、センター調査手続が開始されるという運びとなりました。  

 センターへ相談し、センターから医療機関に対して相談内容を伝達してもらうことにより、医療機関からセンターへの医療事故の報告を実現することができた本事例が、今後、ご遺族が医療事故調査制度を利用するうえでの手助けとなればと思い、参考事例として紹介する次第です。

                                   弁護士 山内 容

2023年6月 8日 (木)

カルテへの記載と不記載

 カルテへの記載は、裁判上、どのような意味をもつでしょうか。

 カルテは医療関係者が業務の一環として規則的かつ経時的に作成されるものです。カルテが紛争発生前に作成されることも踏まえると、カルテに記載がある場合、一般にはその記載に沿った事実があるとの推認が働くこととなるでしょう。裁判例でも「診療録の記載内容は、患者と医師との間に紛争が生じた後に提起される医療訴訟においても、患者の診療経過を明らかにするものとして重要な証拠となり、特段の事情がない限り診療録の記載に従って診療の経過が認められることになる」と判断されています(東京地判平成151128日)。

 もっとも、その推認が働かない場合があります。典型例はカルテの改ざんです。カルテの改ざんやその可能性が認定された裁判例も少なくありません。一方、電子カルテの場合には、一般に更新履歴が残るため改ざんは困難だと言われています。しかし、電子カルテの改ざんを認めた裁判例もあり注意が必要です(大阪地判平成24330日判タ1379167頁)。

  それでは、カルテへの不記載の場合はどうでしょうか。

 症状が存在したはずだが記載がない、処置や検査をしたが記載がない、というような事例です。一般的に、記載がないことからその事実がないと直ちに判断するのは難しいかもしれません。見落としの場合もあれば、細かな事柄だから記載しなかった、緊急だったので記載できなかったなど、様々なパターンがあり得ます。もっとも、診療録の作成は義務であることから「カルテに記載がないことはかえって診察をしなかったことを推定せしめるものとすら一般的にはいうことができる」と述べている裁判例もあります(岐阜地判昭和49325日)。記載があるはずなのに記載がない、記載しなかったことに合理的な説明がないなど個々の事案に応じて不記載をもってその事実が存在しないことが裏付けられることもあるでしょう。

                                   弁護士 寺谷 洋樹

2022年10月13日 (木)

ナビゲーションシステム等の先端機器を利用した場合における過失認定

 先日、背骨を骨折した患者に対し、骨を固定するための医療金具を脊椎に挿入する手術を行ったが、その際に、誤って脊髄まで圧迫してしまった、その原因が、手術を行っていた医師としては金具挿入時に違和感を感じていたが、手術用ナビゲーションシステムのモニター画面では適切な位置と表示されていたため挿入を続けたためだったという事案で裁判になっていたところ、和解が成立したという記事を読みました。

 上記記事を読んだ際に、ナビゲーションシステムの利用は手術を正確・安全に実施するためのものであり、現在はかなり精度も上がっているのだから、場合によっては医師の「感覚」よりもナビゲーションシステムを信用すべき場合もあり得るのではないか、そのような場合において過失の認定をどのように考えるのか疑問に感じ、ナビゲーションシステムについての文献を少し読んでみることにしました。

 文献によれば、ナビゲーションシステムにはいろいろな種類があるものの、いずれの場合においても、患者の解剖学的情報と、術前・術中の画像情報との位置合わせ(レジストレーション)が最も重要だそうです。

 つまり、ナビゲーションシステムの仕組みとしては、位置感知システムと当該システムに基づくデータを高速画像処理するワークステーションから構成されているわけですが、位置感知システムを正確に作動させるためには、正確な情報、つまり正確なレジストレーションが重要であり、レジストレーションが正確に行われていれば、モニター上に示される位置と、真の位置との違いは1ミリ以下になるそうです。

 では、レジストレーションが正確になされていれば、全く問題がないか、というと、どうもそうではないようです。

 「誤差1ミリ以下」と聞くと、もはや驚異的な誤差の範囲内のように思いますが、やはり、小さくても誤差があることには変わりはなく、また、金具挿入時等に椎体が動いてしまうこともあり、そのために誤差が大きくなってしまうこともあるとのことでした。

 上記を踏まえると、「レジストレーションをきちんと行っていなかった」場合は「過失」が認定される可能性が高くなるのでしょうが、現時点においては、レジストレーションをきちんと行っていた場合であっても、ナビゲーションに依存することなく、術前に把握した情報に基づいて医師自らが判断しない限り、やはり過失が認定される可能性があるのだろうと感じました。

 今後、このような機器等を用いた手術に関する裁判例等も増えるかと思いますので、注視していきたいと思っております。

                                 弁護士 大城 季絵

2020年12月 3日 (木)

新型コロナウイルスと医療事故

 2020年は、新型コロナウイルスが猛威をふるった年でした。「医療崩壊」と言うキーワードがすっかり定着しましたが、我々市民の日常生活にはそれほど影響が現れていなくても、医療制度の方が先に倒れてしまうことがあることが分かり、医療制度の脆弱性が浮き彫りになりました。医療は我々の健康や生活を守ってくれるものだとばかり思っていたのに、逆に、我々市民が医療制度を守るために生活様式を変える日が来るなんて誰が想像していたでしょう。

 さて、新型コロナの影響は、医療事故にも及んでいるようです。

 2020年4月、新型コロナウイルスに感染して兵庫県内の病院に入院していた50代の男性が治療中に容体が悪化して死亡したという件で、医療機器を使用した際に血管を傷つけたという医療事故の可能性が否定できないとして警察が司法解剖を依頼したものの、少なくとも4つの大学が、感染対策が不十分で受け入れが困難などと回答し、最終的に解剖が実施されなかったケースがあったという報道がありました(2020516日/NHK)。

 この報道によれば、法医学教室は全国に約80あり、年間2万件の司法解剖を行っているとのことですが、新型コロナウイルスの感染リスクを考えると、どこも積極的に受け入れるのは難しい状況のようです。

 解剖には、司法解剖(事件性のある変死体の死因を調べる)のほかに、行政解剖(事件性のない変死体の死因を調べる)、病理解剖(病死した場合に遺族の承諾を得て死因を調べる)などがありますが、感染リスクの問題があることは共通です。もし解剖が行われないと死因の特定や治療の適切さが判断できず、医療事故の可能性があっても、立証する材料が不足しているとして訴訟を断念することにもつながってしまいます。そのようなことがないように、解剖現場での感染リスクの問題が改善されることが急務といえます。

                                                                                  弁護士 中村 新造

 

2020年7月 9日 (木)

医療事故の時効

 医療事件を含む損害賠償請求には時効があります。時効になった後に裁判を起こし,相手から「時効により消滅している」と主張されると,裁判は棄却されます。

 なぜ時効というものがあるかというと,一般的には,①長く続いた状態を法的に確定させる,②時間が経ったことで証明が困難になった者を救済する,③怠慢な権利者は保護しないといった理由が挙げられています。

 医療事故により損害賠償を請求する場合,不法行為として請求するか,債務不履行で請求するか,二つの方法があります。2020331日までに発生した事故については,改正前民法により,不法行為の場合の時効は「損害と加害者を知った時から3年」,債務不履行の場合の時効は「医療事故の時から10年」とされていました。これが,改正民法では,202041日以降に発生した事故については,人の生命・身体を侵害する不法行為の場合は,「損害と加害者を知った時から5年」,「医療事故の時から20年」,人の生命・身体を侵害する債務不履行の場合は,「権利を行使することができることを知った時から5年」,「権利を行使することができる時から20年」とされました(詳しくは当研究会「医療ミスでは?と思ったら読む本〔第2版〕」Q88を見てくださいね)。

 しかし,時効で権利救済が図れなくなることに疑問を持たざるを得ない事案もあります。最近では,1957年に旧優生保護法に基づき強制不妊手術を受けた被害者が,被害の実態を初めて知った2018年に裁判を起こした事案について,裁判所は,時効と似た除斥期間(じょせききかん。行為から20年で損害賠償請求権が消滅するとされていました)の規定を適用して,訴えを棄却した事案があります(東京地判令和2630日)。そもそも除斥期間というのは何のためにあるのか…と強く疑問を持った判決でした。時効の趣旨が当てはまらず,時効の期間を経過してもなお権利を救済しなければならない事案があるのです。

 医療事故については,実際に医療事故かどうかが分からないことも多く,被害者が債務不履行を認識し損害賠償を現実に行使できるところから時効がスタートするという裁判例(大阪地判昭和63715日)や,証拠保全申立ての時から時効がスタートするという裁判例(大阪地判平成10216日)があり,時効については柔軟に判断されることがあります。

 時間が大分経っていて大丈夫かな…と思っても,まずはご相談してみてください。

                                  弁護士 関哉直人

2020年6月11日 (木)

カルテの改ざんについて

 数年前に受任した事件で,カルテの改ざんが問題になったものがありました。同事件では,依頼者がカルテの任意開示を受けていましたが,訴訟で被告が証拠提出してきたカルテには,任意開示時点では記載されていなかった事実が複数追記されていました。同事件は和解で終結したため,裁判所の判断が示されることはありませんでしたが,改ざんに係る事実について,カルテの記載は信用性を欠く旨の主張をしました。

 ここで,診療録等の記載内容について裁判所がどのように考えているかという点について,東京高判昭和56924日判時102040頁は「診療録の記載内容は,それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り,医師にとつての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によつて,その真実性が担保されているというべきである。」と判示しています。同判示からすると,診療録等に記載されている事実については,その記載に即した事実が存在するとの推認が働くと考えられます。

 そのため,患者・遺族側としては,カルテの改ざんがなされた事実を主張立証しなければならないことになります。改ざんを認定した裁判例は複数ありますが,例えば,仙台地判平成141212日判タ1185267頁は,証拠保全後に改ざん(追記)されたと認定しています。他にも,大阪地判平成24330日判タ1379167頁は「当時電子カルテでありながら,書き換えた際に書換え前の記載が保存されない設定になっていたこと」などの事実も考慮して,改ざんの事実を認定しています。

 そして,改ざんの事実が認められた場合には,医療機関側の主張の信用性を大きく低下せしめることになると考えられます。この点,東京地判平成151128日(判例秘書登載)は「被告クリニックにおける診療経過が明らかではないという不利益を原告らに負担させてその事態を引き起こした被告に有利に取り扱うことができないのはいうまでもないところであり,本件事故についての被告の過失を認定するに当たっての前提事実については客観的な証拠に反しない限り,原告らに有利に認定して過失判断を行うべきであるし,被告が本件診療録及び本件麻酔記録をねつ造したという事実は,被告の過失を認定する上で,被告に不利益になる事情であると考えられる。」と判示しており,参考になります。

 冒頭で紹介した事件のほか,上記裁判例のように証拠保全後に改ざんがなされるケースもあるようですので,開示済みのカルテと,訴訟係属後に医療機関側から提出されたカルテとの照合作業が必要であると思いました。

                           弁護士 品谷 圭佑

2019年11月 7日 (木)

診療ガイドライン

医療の分野では、診療科ごとに診療ガイドラインが発表されていることがあります。たとえば、産婦人科診療ガイドライン、形成外科診療ガイドライン、前立腺がん検診ガイドラインといったものです。

最近では、かなりの数にのぼっています。公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している事業の中にEBM普及推進事業Mindsがあり、ここで診療ガイドラインを公表しています(https://minds.jcqhc.or.jp/)。

そもそも、診療ガイドラインとは何かというと、Mindsの定義によると、「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」とされています。「最適と考えられる推奨を提示する文書」とあるように、医師がどのように治療をすべきか迷ったときなどに指針を与えるものといえるでしょう。

このように診療ガイドライン(以下「ガイドライン」とします)は、臨床現場において指針を与えるもので医療の世界のものですが、それが医療訴訟の中で採り上げられ、裁判の世界に入ってくることもあります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合、その診療行為に過失(注意義務違反)があるのではないかという形で問題になります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合に直ちにその診療行為に過失があることにならないのは、もちろんです。

過失があるというのは診療当時の医療水準に違反していることをいいますが、ガイドライン違反=医療水準違反、とは必ずしもいえないからです。

ただ、ガイドラインは医療水準を知るための有力な証拠であることは間違いなく、裁判でガイドラインが問題になった場合、裁判所はガイドラインについてよく検証しなければなりません。

ガイドラインにもいろいろなものがあるので、一概にはいえないですが、ガイドラインがある治療法を推奨している場合、それと異なる治療法を採用したときには、医療側においてその理由を説明する必要があり、合理的な理由もなくガイドラインとは異なる治療法を行っていた場合には過失が事実上推定されるという考え方があります。

 

ガイドラインには、ときどき、前書きなどで次のような文章が書かれていることがあります。

(1)「このガイドラインは個々の臨床家の裁量権を規制するものではなく、一つの一般的な考え方を示すものと理解すべきであることを強調したい。したがって、このガイドラインの記載通りに治療を行わなかったという理由だけで、訴訟の対象になる事は考え難い。」脳卒中治療ガイドライン2009

ここでは、先ほど、書きましたように「ガイドライン違反=医療水準違反」とは必ずしもいえないということが、より具体的に表現されています。

ガイドラインが「最適と考えられる推奨を提示する文書」であるといっても、そのときの患者の容態や状況は千差万別ですので、ガイドラインに違反するようにみえても、そのときの患者の容態や状況により実際の診療行為には合理的な理由があって医療水準に違反していないという場合は当然考えられます。

さらに

(2)「ガイドラインを遵守していただくことは重要であるが,ガイドラインにとらわれすぎず,状況に応じて上手に利用していただければ幸いである。なお,本委員会は,本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」(日本版敗血症ガイドライン2016)とまで書かれているものもあります。

医療訴訟は病院や医師を被告とする裁判であり、医療の向上のために作成したガイドラインが、裁判で医師を攻撃する材料に使われるのは許されない、といった考え方に基づいているようにみえます。

しかし、医療訴訟は損害賠償請求訴訟であり、被害者に民事的救済をあたえるべきかどうかを決めるものですから、ガイドラインを有力な証拠として採用し、その結果得られた医療水準に照らして、当該診療行為がそれに違反していれば、過失ありとしなければならないと思います。

従って、「本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」と書かれているからといって、このガイドラインを裁判で使うことができないとはいえないと思います。

                                 弁護士 島津 秀行

2019年6月14日 (金)

医療事故調査制度をより効果的な制度にするために

みなさんは、医療事故調査制度をご存知でしょうか。

医療事故調査制度は、医療の安全を確保するため、医療事故の再発防止を行うことを目的として2015年10月に開始した制度です。

当該制度において、医療機関は、医療事故が発生した際には、まず遺族に対する説明と医療事故調査・支援センターへの報告をし、その後、速やかに院内事故調査を行ったのち、その結果を遺族と医療事故調査・支援センターへ報告することになっています。そして、医療事故調査・支援センターにおいて、その結果を整理・分析し、さらにはそれに基づく啓蒙活動等を行うことによって、医療事故の再発防止に役立てるのです。

この医療事故調査制度に関し、今年の4月に、当該制度に基づいて2018年に医療機関が報告した「患者の予期せぬ死亡事故」が377件であり、報告件数がほぼ横ばい状態であるばかりか、制度開始時に想定していた報告件数(年1300件~2000件程度)を大幅に下回っているという記事が掲載されました。

確かに、制度開始時に想定していた報告件数そのものが多すぎたという側面もあるかもしれませんし、実際、現状の数字でも妥当な報告件数であるという意見もあるようです。

しかしながら、医療事故調査制度は、発生した医療事故を検証し、その結果を、将来の医療事故の再発を防止に役立てるという制度であって、本来、患者・医療機関双方にとって有意義な制度であるはずなのですから、報告件数が伸び悩んでいる理由等についても、本当に報告すべき医療事故がすべて報告されているのか、報告されていない場合には、なぜ報告がなされないのか等に関してきちんと検討することが不可欠と考えます。

この点に関し、医療事故調査制度を運営する日本医療安全調査機構は、医療機関における制度の理解が不十分であることを理由に挙げているようですが、本当にそれだけなのかという疑問はあります。

例えば、医療事故調査制度は医師の個人責任の追及を目的とする制度ではありませんが、医療機関側としては、調査の結果を遺族に対して報告することになるわけですから、当該報告内容を遺族が民事裁判等で用いるのではないかという危惧があり、それが報告を躊躇させる、あるいは「患者の予期せぬ死亡事故」という定義の判断を恣意的に狭める結果になっていないでしょうか。

とても難しい問題であり、今日・明日に解決する問題ではないと思いますが、せっかく開始された医療事故調査制度を、今後、より一層意義のある制度に育てるためにも、医療事故調査制度に関わる全ての立場の人の意見を集約し、忌憚のない意見交換を行っていく必要があるように思いました。

                      弁護士 大城 季絵

 

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