診療ガイドライン
医療の分野では、診療科ごとに診療ガイドラインが発表されていることがあります。たとえば、産婦人科診療ガイドライン、形成外科診療ガイドライン、前立腺がん検診ガイドラインといったものです。
最近では、かなりの数にのぼっています。公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している事業の中にEBM普及推進事業Mindsがあり、ここで診療ガイドラインを公表しています(https://minds.jcqhc.or.jp/)。
そもそも、診療ガイドラインとは何かというと、Mindsの定義によると、「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」とされています。「最適と考えられる推奨を提示する文書」とあるように、医師がどのように治療をすべきか迷ったときなどに指針を与えるものといえるでしょう。
このように診療ガイドライン(以下「ガイドライン」とします)は、臨床現場において指針を与えるもので医療の世界のものですが、それが医療訴訟の中で採り上げられ、裁判の世界に入ってくることもあります。
ある診療行為がガイドラインに違反している場合、その診療行為に過失(注意義務違反)があるのではないかという形で問題になります。
ある診療行為がガイドラインに違反している場合に直ちにその診療行為に過失があることにならないのは、もちろんです。
過失があるというのは診療当時の医療水準に違反していることをいいますが、ガイドライン違反=医療水準違反、とは必ずしもいえないからです。
ただ、ガイドラインは医療水準を知るための有力な証拠であることは間違いなく、裁判でガイドラインが問題になった場合、裁判所はガイドラインについてよく検証しなければなりません。
ガイドラインにもいろいろなものがあるので、一概にはいえないですが、ガイドラインがある治療法を推奨している場合、それと異なる治療法を採用したときには、医療側においてその理由を説明する必要があり、合理的な理由もなくガイドラインとは異なる治療法を行っていた場合には過失が事実上推定されるという考え方があります。
ガイドラインには、ときどき、前書きなどで次のような文章が書かれていることがあります。
(1)「このガイドラインは個々の臨床家の裁量権を規制するものではなく、一つの一般的な考え方を示すものと理解すべきであることを強調したい。したがって、このガイドラインの記載通りに治療を行わなかったという理由だけで、訴訟の対象になる事は考え難い。」脳卒中治療ガイドライン2009
ここでは、先ほど、書きましたように「ガイドライン違反=医療水準違反」とは必ずしもいえないということが、より具体的に表現されています。
ガイドラインが「最適と考えられる推奨を提示する文書」であるといっても、そのときの患者の容態や状況は千差万別ですので、ガイドラインに違反するようにみえても、そのときの患者の容態や状況により実際の診療行為には合理的な理由があって医療水準に違反していないという場合は当然考えられます。
さらに
(2)「ガイドラインを遵守していただくことは重要であるが,ガイドラインにとらわれすぎず,状況に応じて上手に利用していただければ幸いである。なお,本委員会は,本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」(日本版敗血症ガイドライン2016)とまで書かれているものもあります。
医療訴訟は病院や医師を被告とする裁判であり、医療の向上のために作成したガイドラインが、裁判で医師を攻撃する材料に使われるのは許されない、といった考え方に基づいているようにみえます。
しかし、医療訴訟は損害賠償請求訴訟であり、被害者に民事的救済をあたえるべきかどうかを決めるものですから、ガイドラインを有力な証拠として採用し、その結果得られた医療水準に照らして、当該診療行為がそれに違反していれば、過失ありとしなければならないと思います。
従って、「本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」と書かれているからといって、このガイドラインを裁判で使うことができないとはいえないと思います。
弁護士 島津 秀行
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