医療訴訟の慰謝料額
医療訴訟の慰謝料額を,交通事故の慰謝料額と同じと考えてよいかという問題があります。
この問題について,『最新裁判実務体系2 医療訴訟』(福田剛久・髙橋譲・中村也寸志編)41頁では,編集者の裁判官3名ともに「偶発的に起きたことと,信頼を裏切られて,思ってもみない損害を受けたこととでは,慰謝料額は異なる」との考え方に賛成しています。
また,東京地裁平成18年7月26日判例時報1947号66頁は,「交通事故においては,事故以前に当事者間に何ら法律関係がないのが通常であるのに対し,医療事故の場合は,患者と医師の間に契約関係が存在し,患者は医師を信頼して身を委ね,身体に対する侵襲を甘んじて受け入れているのであるから,医師の注意義務違反によって患者の生命身体が損なわれたとき,患者には損害の客観的態様に基づく精神的苦痛に加えて,医師に対する信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生ずるものと考えられる。したがって,医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては,患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなる場合もあり得るというべきである。」と判示しています(控訴審の東京高判平成19年9月20日判例タイムズ1271号175頁も同判示を維持しています。)。
他にも,東京地判平成18年9月1日判例タイムズ1257号196頁は「初歩的かつ重大な過失によって信頼を裏切られた精神的苦痛は極めて大きく,本件提起後も被告丙川が自己の便宜供与のみを強調して過失を認めないとの態度を維持していることにより,その苦痛はますます増大しているものと認められる。このことのほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,亡太郎及び原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,この種事案で通常参考とされる交通事故の損害賠償責任における慰謝料算定基準にかかわらず,合計3000万円と評価するのが相当」と判示しています。
なお,医療訴訟における慰謝料額を分析したものとして『慰謝料算定の実務』(千葉県弁護士会編)が参考になります。
以上のとおり,医療訴訟の慰謝料は,過失の内容や程度のほか,医師ないし医療機関に対する信頼を裏切られたことや,医師らの事故後の対応や訴訟における態度等も考慮して,同様の被害が生じた場合における交通事故の慰謝料額よりも高額になる場合があります。
弁護士 品谷 圭佑