医療や医薬品とコンプライアンス
昨今,企業不祥事の発覚や予防策を語る時,「コンプライアンス」という用語(概念)が
使われることが少なくない。「コンプライアンス」とは,単に法令を遵守していればよいの
ではなく,「社会からの要請や期待に応じた適切な活動を行うこと」を意味する。ただ,
企業活動におけるコンプライアンスの実現といっても,企業を動かすのは最終的には1人
1人の人間(の集団)であり,個々の行為者の意思決定や行動に対して効果的に働きかけ
る(意思決定や行動を統制する)手段がなければ,コンプライアンスの実現は不十分で
ある。そのための行動統制の手段として,法律上の責任の追及が行われる。
医療の進歩と普及により我が国は超高齢化社会を迎えており,医療や医薬品や介護は
「成長産業」ということができる。医療行為を行う病院や医薬品を供給する製薬会社は,
多数の人間によって組織的な活動を行うという点で,一般企業と同様であるが(製薬会社
の活動は正に企業活動である。),医療や医薬品は人間の生命や身体(健康)に直接の影響
を与えるという特徴を有している。そして,生命や身体への影響の中には,医療や医薬品
の効果による生命や健康の保全というプラス面だけでなく,医療過誤や医薬品の欠陥ない
し副作用による生命や健康に対する侵害というマイナス面があり,医療や医薬品には生命
や身体に対して致命的な影響を生じさせる危険が存在する。また,病院や製薬会社は,
魅力ある製品やサービスを開発し消費者にアピールしながら提供することによって企業
収益の増大と企業価値の向上を目指す一般企業とは異なる面がある。さらに,特に医療に
関しては,高度の専門性とそれを支える資格者のプロフェッションとしての独立性と裁量
判断という特徴があり,外部の目や批判が入りにくいという伝統的な体質がある。
医療や医薬品をめぐる紛争における法律上の責任の追及は主に損害賠償請求という民事
事件であり,そこでは,問題とされた行為を行った特定の個人(人間)の責任(個人責任)
よりも,法人の責任が問題とされることが多い。つまり,民事医療過誤事件についていえ
ば,医療機関の開設者(法人)を責任追及の相手(被告)とするのが一般であり,医師
個人に対する責任追及は少ない。従って,意思決定と活動を行う個々の人間(行為者)に
対する行動統制手段としての効果には限界があるが,生命や身体(健康)の保全を任務と
する医療や医薬品に関する組織体の一員として活動する者に対して,医療や医薬品の安全
確保に向けた(法律上の責任の追及に裏付けられた)行動準則を提示しその遵守を求める
ことは,医療や医薬品に従事する者に対して,社会からの要請や期待に応じた活動を求め
るものといえ,医療や医薬品におけるコンプライアンス実現のためには重要である。
コンプライアンスという用語(概念)が意味する「社会からの要請や期待に応じた適切
な活動を行うこと」は,生命や身体(健康)の保全を任務とする医療や医薬品に関する領
域においても,重要な意義を有している。
弁護士 上田 正和
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