医療事故研究会の成り立ち
医療事故研究会は、東大闘争の落とし子の一つだと思っています。東大闘争は、1968年東大医学部の学生が、インターン制度に代わる登録医制度に反対して無期限ストに突入した医学部闘争からはじまりです。その後、全共闘運動とつながり1969年1月の安田講堂事件につながるのですが、私は、その年の4月に弁護士になりました。東大だけではなく前年からの日大闘争事件で逮捕された学生の事件も含めて、まだ弁護人が決まらないままの事件が大量にありました。弁護士登録をするや事件を担当しました。少し後、これらの事件を担当している若い弁護士と、東大闘争にかかわりのある医師や学生との間で勉強会をはじめました。その中から医療事故研究会が生まれたのです。先日、なにげなくインターネットを見ていたら、この頃、勉強会の主要なメンバーだった本田医師と弘中弁護士の共著「検証、医療事故-医師と弁護士が追跡する」という本が中古&新品として売り出されているのをみつけました。
医療事故研究会発足当時の弁護士は、亡くなったり、会から離れたり、会にいても実務から離れていますが、研究会は、若い弁護士に引き継がれて活動しています。東大の医学部闘争から46年が経過しました。研究会のほとんどの弁護士は、その後に生まれたか、生まれていても子供でしたが、会設立の頃の、医師と弁護士が協力してよりよい医療をと、めざした精神は今もかわっていません。
医師の側にも、落とし子と思える診療所が、今もあります、私がよく知っているのは、江東区亀戸にある平野医師が地域の労働者の支援も受けて開設された、ひまわり診療所です。患者の側にたった医療、労災にあった人たちへの支援をされております。若い医師も加わって診療がつづけられております。うれしいことに、今年、経済的にも診療所の維持ができるようになったとの報告をもらいました。
横浜の寿町に入っていった医師もいました。この医師によって、寿町に住む船の荷降ろし作業労働者で、同じような失敗をくりかえす人の脳の画像から、20年近く前にロボトミー手術をうけていたことがわかり、当時東大の精神科病棟を自主管理していた精神科医師の援助も受けて、20年の除斥期間の1ヵ月前に裁判の提起をしたこともありました。ロボトミーとは、凶暴性があると医師が判断した患者の脳にメスを入れておとなしくさせる、という手術です。この手術法をあみだした医師は、かつてノーベル賞を受賞しており、裁判提起当時の日本の厚生省が出していた治療指針でも認められているものでした。手術当時の知見から医師に責任はないと争われましたが、最終的には和解にこぎつけました。精神科医療の改革をめざしていた医師の支援のおかげでした。
小児科の医師にも出産時の医療事故事件でお世話になりました。この医師は、お酒を飲むといつも、小児科に入院していた女児が病院の庭にひまわりの種をまいたのだけど、ひまわりが咲く前に亡くなった話を、涙ぐんでしておられました。聞いていた私は、今でも思い出すと涙がでます。心やさしい医師でしたががんで亡くなりました。
安田講堂の事件の行動隊長で、裁判中に医師になり、諏訪の病院の医師から最後は病院長をされた後、国会議員になられた今井医師もがんでなくなりました。彼は、私が弁護をした被告のひとりで、医師になられた直後、私の盲腸を練習に切らせろとせまられたことを思い出します。早い死でした。富士見産婦人科事件に医師としてかかわってこられた佐々木医師もがんで亡くなりました。患者の側にたってがんばっておられた医師のがんによる死亡に接すると、医師の仕事の大変さ、そのストレスの大きさを考えます。一瞬の判断で人の生死を左右する医師の仕事の大変さを思います。困難な事例にぶつかっても、判例などよく調べてからですむ弁護士とは違います。かつて、医療事故事件の医師に対する尋問で、新しい治療法が雑誌に発表されているのを読んでないのか、どうして、記事にある新しい治療をこころみなかったのかと追及したことがありました。今考えると、弁護士の私が新しい判例を知らないかと追及されたら、、、と思うと冷や汗がでます。医師のおかれた職場環境は、あの闘争の頃とほとんど変わってないのではないかと思います。誠実に患者のことを考えて自分の身をすりへらして医療にたずさわっている医師の苛酷な現状をかえなくては、医療事故はなくならないように思います。医療事故事件の裁判にたずさわる弁護士も、医師のおかれた職場環境の改善のために何ができるか、何をすべきか考えてゆかなくてはならないと思います。
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