2019年9月10日 (火)

プレハビリテーション

 「プレハビリテーション」(prehabilitation)という、我々一般人にとっては比較的新しい考え方があります。

これは、元々は、整形外科の分野で、手術前に筋肉トレーニング等を行って身体機能を強化することで、手術後の合併症を予防したり早期回復、早期退院を目指すという考え方であったようです。

そして、この考え方は、最近では、たとえば胃癌の手術のような腫瘍外科の分野にもおいても用いられるようになっていて、やはり、手術後の合併症を予防したり、後遺症を軽減させることが期待されているようです。

適切な栄養摂取を伴った適度な運動は、「サルコペニア」(筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態をいい、特に高齢者にとって寝たきりなどの要因にもなり得るものです)の予防も期待されています。

マッチョな身体を目指すことはなかなかできることではありませんが、病気の予防、早期回復のために、適度な運動を継続することを心がけたいと思います。

                                弁護士 榎園 利浩

 

2019年8月27日 (火)

エボラ出血熱の効果的治療薬発見のニュースに触れて

先日、エボラ出血熱に対し、2種類の薬に効果が認められ、効果的な治療に一歩近づいたとの記事を目にしました。

皆さんもご存じのとおり、エボラ出血熱とは、エボラウイルスに感染することによる急性熱性疾患であり、エボラウイルスに感染すると、平均1週間程度の潜伏期間を経て、突然の発熱をきたすほか、頭痛、倦怠感、筋肉痛、嘔吐、下痢などの症状を併発し、症状が進行すると皮膚や目、消化管などから出血を起こすこともあります。

致死率については、ウィルスによって異なりますが、高いものだと80%~90%にもなるといわれており、2019年にもコンゴ民主共和国において集団感染が認められて、多くの人が命を落としている状況でした。

私は、エボラ出血熱の集団感染が起ったというニュースや、アフリカから帰国された日本人の方にエボラ出血熱の疑いがある等のニュースに触れるたび、たくさんの命が失われていく悲しみや、今の社会では日本人にとっても他人ごとではないなという恐怖を感じながら、「これだけ医学が進歩しているのだから、薬で何とかならないのだろうか、今の世の中でもどうにもならないことがあるのだなあ」等と漠然と思っていました。

そんな中、科学者と医師たちが研究を重ね、新薬の治験を重ねて行った結果、2種類の薬が生存率を著しく伸ばすという結果が出たというニュースに触れたわけですが、不可能と思われる事象に対し、科学者や医師の方々が、決して諦めることなく、血のにじむような努力を重ねていたのだと改めて痛感し、漠然と「何とかならないのかな」と思っていた自分が恥ずかしくなりました。

とはいえ、一弁護士に過ぎない私としては、医学的な進歩に直接寄与することはできません。私にできることは、弁護士として医療事件に誠実に取り組み、弁護士が医療事故に関与することによって発生する事故抑止効果によって、医療がより良い方向、患者の方々のためになる医療になることを信じ、努力を重ね続けることだと、思いを新たにした次第です。

                                  弁護士 大城 季絵

2019年8月22日 (木)

医療事故における損害賠償

 起きてしまった医療事故は,残念ながらなかったことにはできません。生身の人間に起きた死亡や後遺症について,時計の針を元に戻すことはできません。そして,弁護士がお手伝いできることは,法律上の責任の中でも,基本的には損害賠償金の支払いという民事責任の追及に限られます。つまり,医療事故という重大な出来事の一部分の解決に限定されています。医療事故の被害者(患者本人や家族)の多くは,お金の問題だけではないとお考えになり,それはもっともなことですが,我が国の法律制度の下では限界があります。

このような制約の中で,損害賠償金の支払いと共にできるだけ事実経過の説明と謝罪を行ってもらい,再発防止に努めてもらうように,弁護士は相談者の皆様と共に頑張ります。

 損害賠償金の支払いについて,少しだけ説明させていただきます。被害者にとってはお金の問題だけではないでしょうが,賠償金額の大きさが医療機関の責任の大きさを客観的に示すことになりますので,多くの賠償金の獲得を目指すことになります。損害賠償金額は,個別の損害項目を積み上げていくことによって算定されます。代表的なものとして,①治療費用や介護費用,②休業や死亡や後遺症によって得られなくなった収入,③慰謝料,があります。これらの各項目の金額の算定方法については,事件として数が多い交通事故における賠償金実務によって,ほぼ確立しています。②については,若い人や収入が多い人が多額になります。③慰謝料とは,精神的損害に対する賠償金のことですが,実務上は定額化されており,それを事案に応じて調整します。例えば,一家の支柱(収入を得て家族を養っている父親など)の死亡であれば2800万円が基準とされています。また,重度の後遺症(例えば,神経系統の機能に著しい障害が残り常に要介護となった場合)の被害者本人の慰謝料は2800万円が基準とされています。これらの金額を見て,皆さんはどのように思われるでしょうか。医療事故は交通事故と異なる面があり,弁護士はそれぞれの事案にふさわしい賠償金額を求めて交渉や訴訟活動を行うことになります。

                                 弁護士 上田 正和

2019年7月23日 (火)

過失の推定

医療裁判では、死亡や後遺症という被害が発生したことについて、医師に不注意(以下「過失」と言います)があったことを、患者が立証しなければなりません。患者側代理人にとって、過失の立証は非常に困難な作業であり、過失の立証が不十分であるということを理由に敗訴することは、よく経験することです。

 例外的に「医師の医療行為によって被害が発生したことを患者が立証すれば、それで、一応、医師の過失が推認され、医師において、被害の発生は止むを得ないものであったことの反証をしない限り、医師の過失があったと判断する」(以下「過失の推定」といいます)という裁判例があります。

 有名な裁判として、「ビタミン剤の皮下注射をした結果、注射部位が化膿し、高度の筋萎縮が発生した場合、医師に過失があった」と判断した最高裁昭和32年5月10日判決があります。

 この判決が過失を認定した理由として、「注射した結果、注射部位が化膿すれば、十中八九、医師が必要な注意を欠いたと見てまず間違いないであろう」という高度の経験則の存在が前提になっていると説明されています。

 過失の推定により過失が認められるには、その前提として、上記の様な高度の経験則の存在が必要であることから、その適用範囲も、必然的に制約されるということが指摘されています。しかし、過失の推定により医師の過失を認定した裁判例は珍しくありません。

 患者側代理人としては、過失の推定の適用が可能な事案を受任した場合には、積極的に過失の推定の主張をすべきと考えています。

                               弁護士 伊藤 皓

2019年6月14日 (金)

医療事故調査制度をより効果的な制度にするために

みなさんは、医療事故調査制度をご存知でしょうか。

医療事故調査制度は、医療の安全を確保するため、医療事故の再発防止を行うことを目的として2015年10月に開始した制度です。

当該制度において、医療機関は、医療事故が発生した際には、まず遺族に対する説明と医療事故調査・支援センターへの報告をし、その後、速やかに院内事故調査を行ったのち、その結果を遺族と医療事故調査・支援センターへ報告することになっています。そして、医療事故調査・支援センターにおいて、その結果を整理・分析し、さらにはそれに基づく啓蒙活動等を行うことによって、医療事故の再発防止に役立てるのです。

この医療事故調査制度に関し、今年の4月に、当該制度に基づいて2018年に医療機関が報告した「患者の予期せぬ死亡事故」が377件であり、報告件数がほぼ横ばい状態であるばかりか、制度開始時に想定していた報告件数(年1300件~2000件程度)を大幅に下回っているという記事が掲載されました。

確かに、制度開始時に想定していた報告件数そのものが多すぎたという側面もあるかもしれませんし、実際、現状の数字でも妥当な報告件数であるという意見もあるようです。

しかしながら、医療事故調査制度は、発生した医療事故を検証し、その結果を、将来の医療事故の再発を防止に役立てるという制度であって、本来、患者・医療機関双方にとって有意義な制度であるはずなのですから、報告件数が伸び悩んでいる理由等についても、本当に報告すべき医療事故がすべて報告されているのか、報告されていない場合には、なぜ報告がなされないのか等に関してきちんと検討することが不可欠と考えます。

この点に関し、医療事故調査制度を運営する日本医療安全調査機構は、医療機関における制度の理解が不十分であることを理由に挙げているようですが、本当にそれだけなのかという疑問はあります。

例えば、医療事故調査制度は医師の個人責任の追及を目的とする制度ではありませんが、医療機関側としては、調査の結果を遺族に対して報告することになるわけですから、当該報告内容を遺族が民事裁判等で用いるのではないかという危惧があり、それが報告を躊躇させる、あるいは「患者の予期せぬ死亡事故」という定義の判断を恣意的に狭める結果になっていないでしょうか。

とても難しい問題であり、今日・明日に解決する問題ではないと思いますが、せっかく開始された医療事故調査制度を、今後、より一層意義のある制度に育てるためにも、医療事故調査制度に関わる全ての立場の人の意見を集約し、忌憚のない意見交換を行っていく必要があるように思いました。

                      弁護士 大城 季絵

 

2019年5月24日 (金)

認知症鉄道事故裁判

 昨年のことになりますが、当研究会の研修で、本会会員の田村先生から、先生が担当された認知症鉄道事故裁判についてのお話をうかがう機会がありました。医療事故裁判そのものではありませんが、昨今、高齢者による交通事故など、高齢者の判断能力低下が要因の一つと考えうる事件が多く報道されていることもあり、非常に興味深いご講演でしたのでご紹介したいと思います。

 認知症鉄道事故裁判は、認知症を患い、一人で外に出てしまうことのあった高齢者を家族が自宅で介護していたが、ある日、家族の注意をすり抜けて、屋外へでてしまい、線路に侵入、電車と衝突してしまった、という痛ましい事件です。それだけでなく、この事故のために発生した振替輸送費などを、鉄道会社が遺族に対して損害賠償請求し、話題になりました。

 最終的には、最高裁で遺族の損害賠償義務は否定されましたが、高齢者が増え、介護に苦悩する家族が増える中で、この裁判は関係する専門家だけでなく、世間の注目も集めました。

 田村先生からは、ご遺族が介護の為になしうる最大限の努力をしていたこと、また訴訟の重さに諦めることも選択肢であったのに、その意義に応えて訴訟を最後まで頑張りとおされたこと、田村先生と一緒に担当された弁護士が、この事故で遺族が損害賠償責任を負うのはおかしいという強い信念を持って裁判を進めておられたことをお聞きしました。また、認知症患者を考える前提として、医療・介護関係者と、法律関係者との間に差を感じたとのお話しがありました。医療・介護関係者は、認知症患者にとっての最善と、また家族への重い負担の軽減を考える一方、法律関係者は、認知症患者によって何らかの被害が生じるおそれがあるという非常に抽象的な危険性を前提としてしまいがちであるなどのことでした。お聞きしたなかでも特に印象的だったのは、第一審判決の報道を知った多数の医療・介護関係者から、自発的に協力の申出があったとのお話しでした。それだけ,本件事故は、介護現場では逼迫した悩みであるとともに、本件において遺族が賠償義務を負うという裁判所の判断は、現場の感覚から乖離したものであったのだろうと思います。

 裁判所の偏見(?)の中、弁護団の努力も大変なものだったと思いますが、世間的に大事件になってしまい、賛否両論の意見があるなかで今後の認知症社会のために必死で頑張り抜かれたご遺族の真摯な態度にも心を打たれました。

 政府が、認知症患者を6%減するという方針をうちだしていますが、それ以上に現在認知症で悩む患者、その家族にどういった手当をできるのか、また社会として、他人事とせず、患者にとって最善の認識を共有し、ともに住みやすい社会のためにどのように受けとめていくのか、ということが問われていると思いました。

                                     弁護士  東 麗子

2019年5月 9日 (木)

医療や医薬品とコンプライアンス

    昨今,企業不祥事の発覚や予防策を語る時,「コンプライアンス」という用語(概念)が

使われることが少なくない。「コンプライアンス」とは,単に法令を遵守していればよいの

ではなく,「社会からの要請や期待に応じた適切な活動を行うこと」を意味する。ただ,

企業活動におけるコンプライアンスの実現といっても,企業を動かすのは最終的には1人

1人の人間(の集団)であり,個々の行為者の意思決定や行動に対して効果的に働きかけ

る(意思決定や行動を統制する)手段がなければ,コンプライアンスの実現は不十分で

ある。そのための行動統制の手段として,法律上の責任の追及が行われる。

 医療の進歩と普及により我が国は超高齢化社会を迎えており,医療や医薬品や介護は

「成長産業」ということができる。医療行為を行う病院や医薬品を供給する製薬会社は,

多数の人間によって組織的な活動を行うという点で,一般企業と同様であるが(製薬会社

の活動は正に企業活動である。),医療や医薬品は人間の生命や身体(健康)に直接の影響

を与えるという特徴を有している。そして,生命や身体への影響の中には,医療や医薬品

の効果による生命や健康の保全というプラス面だけでなく,医療過誤や医薬品の欠陥ない

し副作用による生命や健康に対する侵害というマイナス面があり,医療や医薬品には生命

や身体に対して致命的な影響を生じさせる危険が存在する。また,病院や製薬会社は,

魅力ある製品やサービスを開発し消費者にアピールしながら提供することによって企業

収益の増大と企業価値の向上を目指す一般企業とは異なる面がある。さらに,特に医療に

関しては,高度の専門性とそれを支える資格者のプロフェッションとしての独立性と裁量

判断という特徴があり,外部の目や批判が入りにくいという伝統的な体質がある。

 医療や医薬品をめぐる紛争における法律上の責任の追及は主に損害賠償請求という民事

事件であり,そこでは,問題とされた行為を行った特定の個人(人間)の責任(個人責任)

よりも,法人の責任が問題とされることが多い。つまり,民事医療過誤事件についていえ

ば,医療機関の開設者(法人)を責任追及の相手(被告)とするのが一般であり,医師

個人に対する責任追及は少ない。従って,意思決定と活動を行う個々の人間(行為者)に

対する行動統制手段としての効果には限界があるが,生命や身体(健康)の保全を任務と

する医療や医薬品に関する組織体の一員として活動する者に対して,医療や医薬品の安全

確保に向けた(法律上の責任の追及に裏付けられた)行動準則を提示しその遵守を求める

ことは,医療や医薬品に従事する者に対して,社会からの要請や期待に応じた活動を求め

るものといえ,医療や医薬品におけるコンプライアンス実現のためには重要である。

コンプライアンスという用語(概念)が意味する「社会からの要請や期待に応じた適切

な活動を行うこと」は,生命や身体(健康)の保全を任務とする医療や医薬品に関する領

域においても,重要な意義を有している。

                   弁護士 上田 正和

 

2019年3月12日 (火)

医療事件に取り組むにあたって

 私は弁護士業務として医療事件だけを扱っているわけではありませんが、20年以上にわたって常に継続して医療事件に関わってきました。

 医療事件の特徴として感じているところを簡単に述べさせていただくとすれば、①病気や怪我を直してくれるはずのところで、逆に死亡や後遺症等の悪い結果が発生し、患者本人やご家族からすれば、全く想定外の裏切りという思いが生じていること、②これにより、病院関係者の言動全てに対して不信感や疑いを抱いてしまうこと、③その結果、病院に対して言いたいことが数多く生まれ、弁護士としても法律問題に淡々と取り組むというだけでは十分な対応とは言えないことがあります。

 医療事故相談については、予定された時間を超過することが多いですが、患者本人やご家族のために少しでもお役に立てればと思っています。

                    弁護士 上田 正和

2019年2月 8日 (金)

安田講堂事件から50年経って思うこと

 1月19日朝、テレビが、東大安田講堂に機動隊が導入された日から50年と報じていました。安田講堂の占拠は、1968年インターン制度廃止を軸とした研修医の待遇改善運動の中で発生した医局員と学生の衝突を理由に大学当局が学生のひとりを誤認処分をしたことが契機ではじまったと聞いております。医療事故研究会は、1969年の安田講堂事件の後、同事件をはじめとする闘いの中で逮捕された学生の弁護をした弁護士と医学部闘争にかかわった医師との間で勉強会をするなかでできました。

 それから50年、医師の待遇改善はすすんだのでしょうか。この間、新しい医療機器は開発され、普及しました。医学的研究もすすみました。しかし、東大闘争において問題とされた、研修医や病院勤務の医師の待遇は改善されたのでしょうか。50年前とあまりかわらないのではないかと思います。

 アベノミックス政策の一環として働き方改革実行計画案が出されて、平成29年3月28日「働き方改革実現会議」の決定にもとづき、厚生労働省は「医師の働き方改革の検討会」を設置して平成31年1月11日、医師の長時間労働の実態をふまえて「医師の労働時間短縮に向けた取り組み」として2024年4月から医師の労働時間の上限を一般勤務医には休日労働を含めて960時間とする。特例として救急や在宅医療で緊急性の高い医療に対応する全国の施設などに限り上限1900~2000時間を認めるとの案をだしました。この背景には、現実には、緊急性の高い医療を行っている現場の医師は1900~2000時間働いている現実があります。これを特例としないと緊急の現場はまわらないのです。しかし、これでは、医師の長時間労働を是認したことになっても、医師の労働時間を短縮したことにはなりません。緊急の現場で働く医師の不足のなかで、医師の労働時間の短縮をどう実現するか、難しい問題です。

 日常の1日8時間の勤務にプラスして休日を含めて1900時間~2000時間残業をするとしたら、どうゆうことになるかざっと計算をしてみました。1年365日は、8760時間です。この内1日8時間寝るとして2920時間、正規の勤務として1日8時間働くとして2920時間、残りが2920時間、このうち1900時間から2000時間残業をするとしたら1020時間から920時間しか残りはありません。これを365日で割ると1日あたり2時間79分~2時間52分、この中には通勤時間も含まれます。通勤時間を引いたら、食事、入浴時間など生活に最低必要な時間しか残りません。他に何かをしようとしたら睡眠時間を削るしかありません。患者に直接接する医師に時間にゆとりのある生活の保障がなければ、本当に良い医療は行われません。一部の医師の犠牲的長時間の働きにより維持されている日本の医療の現場の改善が必要です。医学部の受験において、男女差別を行った大学を擁護するつもりはありませんが、卒業後、長時間でも自由に働かせることができる男の医師を附属の大学病院に勤務させたいとの大学の本音もわかります。しかし、問題は、一部の男の医師、に、犠牲を強いて働かせることではなく、ゆとりをもった時間がもて、男、女ともに平等に働ける勤務体制をつくることです。

 亡くなった原因は別ですが、私は、自分の時間をさいても、良心的な活動をされていた医師が、若くして亡くなつたケースに何件かであっています。

 政府は、ライフワークバランスとの名のもとに、働き方改革のキャンペーンをしていますが、企業側の要求ではなく、本当に働く者のことを考えているのか疑問に思っています。

                                弁護士 伊藤 まゆ

 

2019年1月 8日 (火)

医師と弁護士,専門職として成長する責任

  もう30年以上前,司法研修所を卒業する直前に,公式の日程として,教官や同期生との会食の機会があった。私と同じテーブルにいた裁判官として任官予定の女性修習生が,「これからも毎日勉強で大変だ。」と,少し冗談めかして発言した。するとそれを聞いていた裁判官の教官が,「毎日勉強を続けることと,後進を指導することは,専門職として当然のことだ。だからこそ専門職なのだ。」との趣旨のことを言った。

 その後数年して,上記女性裁判官が研修で東京に来た際,拙宅に泊まり,四方山話をする中で,「裁判官より弁護士の方が育成に時間がかかるって部長(法廷では裁判長)が言ってた。10年はかかるって。羽賀さん,大変だね。」と言った。私は,当時(今も)は,文字通り成長の途上にあったから,「なるほどね。」と聞いていた。

 その後,ご家族が医療過誤に遭われた医師が依頼者となった事件があり,せっかくなので,被告側証人の医師の証人尋問の中,短時間だが直接尋問してもらった。証人の医師が,ご自身に相応のキャリアがあるとの趣旨の答えをした際,私の依頼者である医師が,「そうは言っても最初の10年のローテート(勤務する病院や診療科を異動すること)の仕方により,同じキャリアでも全然違う。」と反論した。

 やはり10年である。最初の10年が特に大切というのは,医師も弁護士も共通らしい。

 ただ,冒頭の裁判教官の話のとおり,専門職として仕事をするからには,日々の勉強を怠ることはできない。

 日頃医療過誤事件を担当して,病院に行けば治って当たり前,悪い結果になれば医師のミス,と考えている方があまりにも多く,医療機関は大変だなあ,と思っている。もちろん,そうした方々に対しては,きちんとそうではない旨説明している。

その点,訴訟に限って言えば,どちらかに悪い結果となるのは最初から分かっているので,弁護士の方が力量不足が分かりにくいかもしれない。だからこそ,なのであるが,自らをきちんと育てていくことは大切だと思う。残念ながらそうではない弁護士の仕事ぶりを,最近身近で見て驚いたことがあったので,改めて考えてみた。

しかし,自分は違うと言えるのか,答えを考える前に,そうならないよう前進するしかないだろう。この仕事を続けていくというのならば。

 医療過誤に遭ったと思っておられ,専門職に失望し,それでもこれから弁護士を探さねば,と思っておられる方に,弁護士はこんなことを考えているという参考になれば。

                                     弁護士  羽賀 千栄子

«ガイドラインを踏まえた上での個々の患者に即した治療の重要性