2021年11月11日 (木)

便利さと危険さ

 医療裁判や医療に関する話をしなくてはということで、どのような話をしようかと考えていたら、先日、以下のようなニュースが流れてきました。

 先月(筆者注:10月)31日、患者の電子カルテのシステムがコンピューターウイルスに感染し、使用不能となっているつるぎ町の町立半田病院では、依然、復旧のメドが立っておらず、引き続き、新規の診療や救急患者の受け入れを中止しています。つるぎ町の町立半田病院は先月31日、電子カルテのシステムが「ランサムウェア」と呼ばれる身代金要求型ウイルスに感染し使えなくなりました。(URLhttps://news.yahoo.co.jp/articles/f0273d8be423ee4c4d409cee78f07027befb3164

 JRT四国放送)

  電子カルテが普及し始めてから相当期間が経過し、本当に多くの医療機関において導入されてきています。電子カルテの導入による医療機関のメリットとしては、業務の効率化、検査結果とカルテの一元管理、省スペース等、色々なものがあると言われています。

 医療裁判を担当する者としては、電子カルテは情報がまとまっていて検討しやすいし、改竄の可能性も手書きのカルテに比べて相当低いし、何よりも「何が書いてあるかわかる」ということが本当にありがたいと思っています。手書きのカルテの場合、英字等による略称が頻繁に用いられ、しかもその用いられる略称は医師によって異なることも多いために判読に苦労し、何よりただただ字が汚くて読めないということも多いのです(私の字も本当に汚いので、人のことを言えた義理ではないのですが)。

 そういう意味で、電子カルテというのは本当にいいことづくめだなあと思っていたところに冒頭のニュースです。

 考えてみれば当たり前なのですが、電子カルテに限らず、資料を電子化するということは、パソコン等のコンピューターに依存するということですから、それが使えなくなれば業務の全てに支障が出てしまいます。しかし、病院の場合、そのような状況でも現に入院している患者の治療は続けなければいけません。その患者の状態はどうであったのか、これまでどのような薬が処方されていたか、今後どのような治療をしていくのかということが正確に分からない中での手探りの活動となっているのではないでしょうか。現在、現場で対応にあたっている方の苦労は並大抵のことではないだろうと推察します。

 私も、日々の業務で使用した資料の多くを電子データ化しています。スケジュールなども、インターネット上で管理しています。もし、自分にも同じような事態が起きたときのことを考えると背筋が寒くなります。私も、現在の電子データのバックアップ体制が十分かどうか検討していきたいと思います。

                                   弁護士 福原 亮

 

2021年9月 9日 (木)

医師講演-臨床検査をテーマとして

医療事故研究会の会員は,毎月,例会という学習会を開いて研鑽を積んでいます。

例会では,担当事件の報告を元に討議したり,医療知識の勉強会をしたりします。

医師を講師として招いて,レクチャーをしてもらうこともあります。

医療の専門家から直接話を聞ける機会は大変有益であり,医師講演の例会には,

いつにもましてたくさんの会員が参加します。

 

7月の例会では,内科の医師をお招きし,臨床検査をテーマに講演をして頂きました。

今回の講師の医師は,過去にも合宿で講演をして下さったり,会員の扱う医療過誤事件で

私的鑑定をして下さったりと,お世話になっている馴染みのある先生でした。

 

講演では,まず,医療における臨床検査の位置づけ,臨床検査の分類という

体系的な面に関する説明がありました。

次に,入院時,手術前などに全身状態の概要を把握するために行うスクリーニング検査

の特色の説明などがありました。スクリーニング検査は,隠れた疾患,合併症の発見,薬剤の副作用防止

などの目的で行われるものです。

その他,院内検査(検査科)か,外注検査か,という観点からの解説もありました。

 

医療過誤訴訟においては,臨床検査の記録は,客観的な証拠として高い証拠価値を持ちます。

この検査数値からすれば,担当医はこういった治療を行うべきであった,という形で

過失の重要な根拠となることもあります。

医師講演の後半では,講師の先生が過去に関与した医療過誤事件の中で,

臨床検査の評価が争点となった事件の報告がありました。

 

医療過誤訴訟で重要な意味を持つ臨床検査について,横断的,概括的に学習できた今回の医師講演は,

大変貴重な機会でした。

今回の例会は,コロナ禍により,Web会議システムで行われたことも画期的でした。

自分の事務所にいながら,講演をリアルタイムで聞き,質疑応答もできます。

Web会議でも,会議室に集合して行う講演とほぼ同じ成果をあげることができるのではないか

と思いました。

今後は,こうしたIT機器も取り入れつつ,より充実した研鑽を目指していきたいと思います。

 

                                弁護士 武谷 元

2021年6月10日 (木)

医療事故の調査について

 医療事故の相談においては、医療記録を見ないで有意なアドバイスをすることはできませんが、それを理解していないのではと思われる人がまま見受けられます。その場合は、医療記録の開示請求をしたうえで医療記録を持参のうえ再相談を求めるというアドバイスのみとなってしまいます。また、「手元にある関連する資料のすべてを持参することが望ましい」と研究会の本にも書かれているところですが、資料を持参しない人もまま見受けられます。その場合は、アバウトなアドバイスしかできないことを念押ししたうえで話すことにならざるをえません。

 医療記録が持参されている場合は、話の内容に係る事実関係から、過失、因果関係、損害という要件ごとに医療記録で裏付けをとりながら分析すれば、1時間の相談時間で、「医師や病院に責任を問うのは難しい」か否か、おおよその見当をつけることができます。

 医療事故の可能性がある場合は、問題となっている分野を専門とする医師に医療記録を読んでもらい、専門家としての意見を聴取することが必須となります。調査には、弁護士費用、調査活動の実費、専門の医師への謝礼金等、それ相当の費用がかかることになりますので、調査結果の内容次第で、かけた調査費用が無駄になってしまう可能性があることを念押ししたうえで調査を受任することになります。それでも、その調査結果が、依頼者が「今まで考えていたのとは違う見解」であった場合、依頼者の納得が得られないことがあります。

 そのため、調査を受任する前に、すべての医療記録の開示請求を相談者に求め、すべての医療記録を揃えたうえで専門の医師の意見聴取ができるように準備を整えたうえで、私自身もその医療記録を検討して調査結果についてのおおよその判断をつけてから調査を受任するよう心がけるようにしています。

                                      弁護士 山内 容

2020年12月 3日 (木)

新型コロナウイルスと医療事故

 2020年は、新型コロナウイルスが猛威をふるった年でした。「医療崩壊」と言うキーワードがすっかり定着しましたが、我々市民の日常生活にはそれほど影響が現れていなくても、医療制度の方が先に倒れてしまうことがあることが分かり、医療制度の脆弱性が浮き彫りになりました。医療は我々の健康や生活を守ってくれるものだとばかり思っていたのに、逆に、我々市民が医療制度を守るために生活様式を変える日が来るなんて誰が想像していたでしょう。

 さて、新型コロナの影響は、医療事故にも及んでいるようです。

 2020年4月、新型コロナウイルスに感染して兵庫県内の病院に入院していた50代の男性が治療中に容体が悪化して死亡したという件で、医療機器を使用した際に血管を傷つけたという医療事故の可能性が否定できないとして警察が司法解剖を依頼したものの、少なくとも4つの大学が、感染対策が不十分で受け入れが困難などと回答し、最終的に解剖が実施されなかったケースがあったという報道がありました(2020516日/NHK)。

 この報道によれば、法医学教室は全国に約80あり、年間2万件の司法解剖を行っているとのことですが、新型コロナウイルスの感染リスクを考えると、どこも積極的に受け入れるのは難しい状況のようです。

 解剖には、司法解剖(事件性のある変死体の死因を調べる)のほかに、行政解剖(事件性のない変死体の死因を調べる)、病理解剖(病死した場合に遺族の承諾を得て死因を調べる)などがありますが、感染リスクの問題があることは共通です。もし解剖が行われないと死因の特定や治療の適切さが判断できず、医療事故の可能性があっても、立証する材料が不足しているとして訴訟を断念することにもつながってしまいます。そのようなことがないように、解剖現場での感染リスクの問題が改善されることが急務といえます。

                                                                                  弁護士 中村 新造

 

2020年7月 9日 (木)

医療事故の時効

 医療事件を含む損害賠償請求には時効があります。時効になった後に裁判を起こし,相手から「時効により消滅している」と主張されると,裁判は棄却されます。

 なぜ時効というものがあるかというと,一般的には,①長く続いた状態を法的に確定させる,②時間が経ったことで証明が困難になった者を救済する,③怠慢な権利者は保護しないといった理由が挙げられています。

 医療事故により損害賠償を請求する場合,不法行為として請求するか,債務不履行で請求するか,二つの方法があります。2020331日までに発生した事故については,改正前民法により,不法行為の場合の時効は「損害と加害者を知った時から3年」,債務不履行の場合の時効は「医療事故の時から10年」とされていました。これが,改正民法では,202041日以降に発生した事故については,人の生命・身体を侵害する不法行為の場合は,「損害と加害者を知った時から5年」,「医療事故の時から20年」,人の生命・身体を侵害する債務不履行の場合は,「権利を行使することができることを知った時から5年」,「権利を行使することができる時から20年」とされました(詳しくは当研究会「医療ミスでは?と思ったら読む本〔第2版〕」Q88を見てくださいね)。

 しかし,時効で権利救済が図れなくなることに疑問を持たざるを得ない事案もあります。最近では,1957年に旧優生保護法に基づき強制不妊手術を受けた被害者が,被害の実態を初めて知った2018年に裁判を起こした事案について,裁判所は,時効と似た除斥期間(じょせききかん。行為から20年で損害賠償請求権が消滅するとされていました)の規定を適用して,訴えを棄却した事案があります(東京地判令和2630日)。そもそも除斥期間というのは何のためにあるのか…と強く疑問を持った判決でした。時効の趣旨が当てはまらず,時効の期間を経過してもなお権利を救済しなければならない事案があるのです。

 医療事故については,実際に医療事故かどうかが分からないことも多く,被害者が債務不履行を認識し損害賠償を現実に行使できるところから時効がスタートするという裁判例(大阪地判昭和63715日)や,証拠保全申立ての時から時効がスタートするという裁判例(大阪地判平成10216日)があり,時効については柔軟に判断されることがあります。

 時間が大分経っていて大丈夫かな…と思っても,まずはご相談してみてください。

                                  弁護士 関哉直人

2020年6月11日 (木)

カルテの改ざんについて

 数年前に受任した事件で,カルテの改ざんが問題になったものがありました。同事件では,依頼者がカルテの任意開示を受けていましたが,訴訟で被告が証拠提出してきたカルテには,任意開示時点では記載されていなかった事実が複数追記されていました。同事件は和解で終結したため,裁判所の判断が示されることはありませんでしたが,改ざんに係る事実について,カルテの記載は信用性を欠く旨の主張をしました。

 ここで,診療録等の記載内容について裁判所がどのように考えているかという点について,東京高判昭和56924日判時102040頁は「診療録の記載内容は,それが後日改変されたと認められる特段の事情がない限り,医師にとつての診療上の必要性と右のような法的義務との両面によつて,その真実性が担保されているというべきである。」と判示しています。同判示からすると,診療録等に記載されている事実については,その記載に即した事実が存在するとの推認が働くと考えられます。

 そのため,患者・遺族側としては,カルテの改ざんがなされた事実を主張立証しなければならないことになります。改ざんを認定した裁判例は複数ありますが,例えば,仙台地判平成141212日判タ1185267頁は,証拠保全後に改ざん(追記)されたと認定しています。他にも,大阪地判平成24330日判タ1379167頁は「当時電子カルテでありながら,書き換えた際に書換え前の記載が保存されない設定になっていたこと」などの事実も考慮して,改ざんの事実を認定しています。

 そして,改ざんの事実が認められた場合には,医療機関側の主張の信用性を大きく低下せしめることになると考えられます。この点,東京地判平成151128日(判例秘書登載)は「被告クリニックにおける診療経過が明らかではないという不利益を原告らに負担させてその事態を引き起こした被告に有利に取り扱うことができないのはいうまでもないところであり,本件事故についての被告の過失を認定するに当たっての前提事実については客観的な証拠に反しない限り,原告らに有利に認定して過失判断を行うべきであるし,被告が本件診療録及び本件麻酔記録をねつ造したという事実は,被告の過失を認定する上で,被告に不利益になる事情であると考えられる。」と判示しており,参考になります。

 冒頭で紹介した事件のほか,上記裁判例のように証拠保全後に改ざんがなされるケースもあるようですので,開示済みのカルテと,訴訟係属後に医療機関側から提出されたカルテとの照合作業が必要であると思いました。

                           弁護士 品谷 圭佑

2020年1月28日 (火)

医療過誤事件を離れた争いにおけるカルテの記載の証拠価値

 逮捕状が出ているのに執行されなかった、という刑事事件の民事事件での争いが、昨年12月に原告女性の勝訴という結果になった。

 この事件については、いろいろな人がいろいろな事を言っているのでここで改めて触れるつもりはない。

 しかし、原告と被告の両者が日本外国特派員協会で双方とも長時間の記者会見を行い、そのノーカット版を通して視聴したところ、少し気になることがあったので書いてみることにした。

 それは、被告側が、原告女性が事件後に受診した医療機関のカルテを根拠に、概略、「ここではドクターに〇〇と言っているのに、裁判上の主張は違う、だから原告女性は嘘をついている。」と言っていたことである。

 特に、代理人弁護士は、自分は医療過誤訴訟を専門に扱うが...と前置きしたうえで、上記の発言をしていた。

 しかし、私も医療過誤訴訟を専門に扱っているが、カルテ記載と上記裁判上の主張が一致していなくても、別に不自然ではないと思う。

 だいたい、患者が受診する際に、症状ではないことについてすべて話すだろうか。いちばん気になる症状や、疾患の話をするのではないか。また、医師の方も、供述調書を作成しているわけでもないのに、患者の話したことを、それも症状ではないことを、すべてカルテに書くとは思えない。その医師が必要があると思ったことのみ書いているのだと思う。

 一度、どういう基準でカルテ上”S”(患者の訴えが書いてある部分)の内容を決めているのか、そのうち誰かにお聞きしてみようと思う。

                  弁護士 羽賀 千栄子

2019年11月 7日 (木)

診療ガイドライン

医療の分野では、診療科ごとに診療ガイドラインが発表されていることがあります。たとえば、産婦人科診療ガイドライン、形成外科診療ガイドライン、前立腺がん検診ガイドラインといったものです。

最近では、かなりの数にのぼっています。公益財団法人日本医療機能評価機構が運営している事業の中にEBM普及推進事業Mindsがあり、ここで診療ガイドラインを公表しています(https://minds.jcqhc.or.jp/)。

そもそも、診療ガイドラインとは何かというと、Mindsの定義によると、「診療上の重要度の高い医療行為について、エビデンスのシステマティックレビューとその総体評価、益と害のバランスなどを考量して、患者と医療者の意思決定を支援するために最適と考えられる推奨を提示する文書」とされています。「最適と考えられる推奨を提示する文書」とあるように、医師がどのように治療をすべきか迷ったときなどに指針を与えるものといえるでしょう。

このように診療ガイドライン(以下「ガイドライン」とします)は、臨床現場において指針を与えるもので医療の世界のものですが、それが医療訴訟の中で採り上げられ、裁判の世界に入ってくることもあります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合、その診療行為に過失(注意義務違反)があるのではないかという形で問題になります。

ある診療行為がガイドラインに違反している場合に直ちにその診療行為に過失があることにならないのは、もちろんです。

過失があるというのは診療当時の医療水準に違反していることをいいますが、ガイドライン違反=医療水準違反、とは必ずしもいえないからです。

ただ、ガイドラインは医療水準を知るための有力な証拠であることは間違いなく、裁判でガイドラインが問題になった場合、裁判所はガイドラインについてよく検証しなければなりません。

ガイドラインにもいろいろなものがあるので、一概にはいえないですが、ガイドラインがある治療法を推奨している場合、それと異なる治療法を採用したときには、医療側においてその理由を説明する必要があり、合理的な理由もなくガイドラインとは異なる治療法を行っていた場合には過失が事実上推定されるという考え方があります。

 

ガイドラインには、ときどき、前書きなどで次のような文章が書かれていることがあります。

(1)「このガイドラインは個々の臨床家の裁量権を規制するものではなく、一つの一般的な考え方を示すものと理解すべきであることを強調したい。したがって、このガイドラインの記載通りに治療を行わなかったという理由だけで、訴訟の対象になる事は考え難い。」脳卒中治療ガイドライン2009

ここでは、先ほど、書きましたように「ガイドライン違反=医療水準違反」とは必ずしもいえないということが、より具体的に表現されています。

ガイドラインが「最適と考えられる推奨を提示する文書」であるといっても、そのときの患者の容態や状況は千差万別ですので、ガイドラインに違反するようにみえても、そのときの患者の容態や状況により実際の診療行為には合理的な理由があって医療水準に違反していないという場合は当然考えられます。

さらに

(2)「ガイドラインを遵守していただくことは重要であるが,ガイドラインにとらわれすぎず,状況に応じて上手に利用していただければ幸いである。なお,本委員会は,本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」(日本版敗血症ガイドライン2016)とまで書かれているものもあります。

医療訴訟は病院や医師を被告とする裁判であり、医療の向上のために作成したガイドラインが、裁判で医師を攻撃する材料に使われるのは許されない、といった考え方に基づいているようにみえます。

しかし、医療訴訟は損害賠償請求訴訟であり、被害者に民事的救済をあたえるべきかどうかを決めるものですから、ガイドラインを有力な証拠として採用し、その結果得られた医療水準に照らして、当該診療行為がそれに違反していれば、過失ありとしなければならないと思います。

従って、「本ガイドラインを裁判における根拠として利用することを認めない。」と書かれているからといって、このガイドラインを裁判で使うことができないとはいえないと思います。

                                 弁護士 島津 秀行

2019年10月15日 (火)

医療訴訟の慰謝料額

 医療訴訟の慰謝料額を,交通事故の慰謝料額と同じと考えてよいかという問題があります。

 この問題について,『最新裁判実務体系2 医療訴訟』(福田剛久・髙橋譲・中村也寸志編)41頁では,編集者の裁判官3名ともに「偶発的に起きたことと,信頼を裏切られて,思ってもみない損害を受けたこととでは,慰謝料額は異なる」との考え方に賛成しています。

 また,東京地裁平成18726日判例時報194766頁は,「交通事故においては,事故以前に当事者間に何ら法律関係がないのが通常であるのに対し,医療事故の場合は,患者と医師の間に契約関係が存在し,患者は医師を信頼して身を委ね,身体に対する侵襲を甘んじて受け入れているのであるから,医師の注意義務違反によって患者の生命身体が損なわれたとき,患者には損害の客観的態様に基づく精神的苦痛に加えて,医師に対する信頼を裏切られたことによる精神的苦痛が生ずるものと考えられる。したがって,医師の注意義務違反の内容と程度及び患者側の受けた損害の内容と程度によっては,患者側の精神的苦痛に対する慰謝料の額が交通事故等の場合よりも高額なものとなる場合もあり得るというべきである。」と判示しています(控訴審の東京高判平成19920日判例タイムズ1271175頁も同判示を維持しています。)。

他にも,東京地判平成1891日判例タイムズ1257196頁は「初歩的かつ重大な過失によって信頼を裏切られた精神的苦痛は極めて大きく,本件提起後も被告丙川が自己の便宜供与のみを強調して過失を認めないとの態度を維持していることにより,その苦痛はますます増大しているものと認められる。このことのほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,亡太郎及び原告の精神的苦痛に対する慰謝料としては,この種事案で通常参考とされる交通事故の損害賠償責任における慰謝料算定基準にかかわらず,合計3000万円と評価するのが相当」と判示しています。

なお,医療訴訟における慰謝料額を分析したものとして『慰謝料算定の実務』(千葉県弁護士会編)が参考になります。

 以上のとおり,医療訴訟の慰謝料は,過失の内容や程度のほか,医師ないし医療機関に対する信頼を裏切られたことや,医師らの事故後の対応や訴訟における態度等も考慮して,同様の被害が生じた場合における交通事故の慰謝料額よりも高額になる場合があります。

                                 弁護士 品谷 圭佑

2019年9月10日 (火)

プレハビリテーション

 「プレハビリテーション」(prehabilitation)という、我々一般人にとっては比較的新しい考え方があります。

これは、元々は、整形外科の分野で、手術前に筋肉トレーニング等を行って身体機能を強化することで、手術後の合併症を予防したり早期回復、早期退院を目指すという考え方であったようです。

そして、この考え方は、最近では、たとえば胃癌の手術のような腫瘍外科の分野にもおいても用いられるようになっていて、やはり、手術後の合併症を予防したり、後遺症を軽減させることが期待されているようです。

適切な栄養摂取を伴った適度な運動は、「サルコペニア」(筋肉量が減少し、筋力や身体機能が低下している状態をいい、特に高齢者にとって寝たきりなどの要因にもなり得るものです)の予防も期待されています。

マッチョな身体を目指すことはなかなかできることではありませんが、病気の予防、早期回復のために、適度な運動を継続することを心がけたいと思います。

                                弁護士 榎園 利浩

 

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