2024年3月28日 (木)

医療事故調査制度の欠陥

医療事故調査制度の欠陥

  医療法上、「センター調査」(第6条の171項)は、医療機関が「医療事故」(「当該病院・・・が提供した医療に・・・起因すると疑われる死亡・・・であって、当該管理者が当該死亡・・・を予期しなかったもの」(第6条の10第1項))に該当すると判断して医療事故調査・支援センターに報告した事例(第6条の171項は単に「医療事故が発生した病院等の管理者又は遺族から、当該医療事故について調査の依頼があったときは」と規定するのみであるが厚生労働省医政局長平成27年5月8日付通知(医政発05081号)は「医療事故が発生した医療機関の管理者又は遺族は、医療機関の管理者が医療事故としてセンターに報告した事案については、センターに対して調査の依頼ができる。」との限定解釈に基づく運用を各都道府県知事に対して指示する。)で当該医療機関の院内調査結果について遺族が第三者による検証を希望する場合にセンターの個別調査部会・総合調査委員会により行われる調査とされています。従って、医療法上の「医療事故」に該当することが明らかな場合でも、医療機関が自発的にセンターに「医療事故」の報告をしない限り、遺族からはセンター調査を利用することができないという欠陥があります。

 未破裂前交通脳動脈瘤につきコイル塞栓術を受けた高齢の女性が心タンポナーデを発症し出血性ショックで死亡した事例につき、死因についての医療機関の説明に不信を抱いた遺族から相談を受けました。

 脳神経外科の協力医から、医療機関の病理解剖所見は杜撰で凡そ死因解明の参考にはならず、医療記録のみでは死因を判断できない、第三者であるセンター調査による死因究明の方途を勧める旨意見を聴取しました。そこで、遺族から医療機関に対し、改めて死因の説明を受けるとともにセンター調査の申込を求めることを回答しました。

 この遺族からの申し入れに対し、医療機関は、院内調査委員会による調査を行い、プロタミンによるアナフィラキシーショック→DIC→心タンポナーデ→心臓手術後の癒着+予備能力不足(高齢・心臓胃癌手術後)→死亡という院内調査結果と本事例は医療事故に該らないのでセンターへ事故報告しない旨の報告書を遺族に交付しました。

 前記のとおり、医療機関が自発的にセンターへの医療事故報告をしない以上、遺族からのセンター調査申込は受理してもらえないため、やむなく、訴訟(鑑定含む)の方向で検討を開始することとしました。その訴訟準備の過程で、事件の進行状況を研究会の例会で報告する機会があり、研究会の事務局長から厚生労働省医政局総務課長通知(医政総発06241号)「医療法施行規則の一部を改正する省令の施行について伴う留意事項等について」第二、4に、センターに対して遺族等から相談があった場合、遺族等からの求めに応じて相談の内容等を病院等の管理者に伝達すること、という規定があるので、当該規定に基づいて、センターから病院に対し医療事故の報告をするよう伝達してもらう手段がある旨アドバイスを受けました。

 右アドバイスに従い、プロタミンによるアナフィラキシーショックの死亡事故は医療法第6条の10第1項の「医療事故」に該当しセンターに報告されるべき事例であり、医療機関には同法同条同項の「医療事故」としてセンターへ報告する義務の違反があるとして、センターに医療機関へ医療事故報告を促す伝達を求めると同時に、医療機関に対しても、センターへの医療事故報告を求める旨の通知を発送しました。

 その結果、医療機関に代理人がつき、センターへ医療事故報告をなすと同時に院内調査を医療事故調査手続に基づく院内調査とするため改めて遺族への結果説明の機会を設けたうえでセンターへの結果報告をし、センター調査手続が開始されるという運びとなりました。  

 センターへ相談し、センターから医療機関に対して相談内容を伝達してもらうことにより、医療機関からセンターへの医療事故の報告を実現することができた本事例が、今後、ご遺族が医療事故調査制度を利用するうえでの手助けとなればと思い、参考事例として紹介する次第です。

                                   弁護士 山内 容

2023年6月 8日 (木)

カルテへの記載と不記載

 カルテへの記載は、裁判上、どのような意味をもつでしょうか。

 カルテは医療関係者が業務の一環として規則的かつ経時的に作成されるものです。カルテが紛争発生前に作成されることも踏まえると、カルテに記載がある場合、一般にはその記載に沿った事実があるとの推認が働くこととなるでしょう。裁判例でも「診療録の記載内容は、患者と医師との間に紛争が生じた後に提起される医療訴訟においても、患者の診療経過を明らかにするものとして重要な証拠となり、特段の事情がない限り診療録の記載に従って診療の経過が認められることになる」と判断されています(東京地判平成151128日)。

 もっとも、その推認が働かない場合があります。典型例はカルテの改ざんです。カルテの改ざんやその可能性が認定された裁判例も少なくありません。一方、電子カルテの場合には、一般に更新履歴が残るため改ざんは困難だと言われています。しかし、電子カルテの改ざんを認めた裁判例もあり注意が必要です(大阪地判平成24330日判タ1379167頁)。

  それでは、カルテへの不記載の場合はどうでしょうか。

 症状が存在したはずだが記載がない、処置や検査をしたが記載がない、というような事例です。一般的に、記載がないことからその事実がないと直ちに判断するのは難しいかもしれません。見落としの場合もあれば、細かな事柄だから記載しなかった、緊急だったので記載できなかったなど、様々なパターンがあり得ます。もっとも、診療録の作成は義務であることから「カルテに記載がないことはかえって診察をしなかったことを推定せしめるものとすら一般的にはいうことができる」と述べている裁判例もあります(岐阜地判昭和49325日)。記載があるはずなのに記載がない、記載しなかったことに合理的な説明がないなど個々の事案に応じて不記載をもってその事実が存在しないことが裏付けられることもあるでしょう。

                                   弁護士 寺谷 洋樹

2023年1月12日 (木)

インターネット上で視聴できる手術動画について

 医療調査事件を受任した場合、カルテを読むことは当然ですが、文字で書かれた手術記録等を読むだけでは、それがどのような手術であるのかを理解することが難しく、イメージが湧かないことがよくあります。例えば、大動脈弁狭窄症に対する手術法の一つであるTAVI(経カテーテル大動脈弁留置術)であれば、ガードワイヤーを大動脈弁に通し、これに沿ってカテーテルを進めていき、適切な位置で止めてバルーンを拡張し、人工弁を留置して、カテーテルとガイドワイヤーを抜き取るという流れになりますが、TAVIに関する知識やある程度の医学知識があれば別ですが、文字だけ読んでいてもイメージが湧かないのではないかと思います。

 また、医学文献や医療機関のホームページには、写真やイラストが掲載されており、これによってどのような手術であるのか、その手術の流れも含めてある程度は理解できます。

 もっとも、これだけでは一連の流れがイメージできないこともあるため、手術ミス(手技上の過失)が問題となり得る事案では、インターネット上で視聴できる手術動画を見るようにしています。上記で例に出したTAVIについてもインターネット上(YouTubeなど)で視聴できる動画が複数あり、それを見ると手術の一連の流れを視覚的に容易に理解することができます(しかも、医師がわかりやすく解説している動画が多いです。)。また、カルテや医学文献をよく読んだ後に、あらためて手術動画を見ると、さらに理解が深まることが多いように思います。

 そのため、医療調査において、インターネット上で視聴できる手術動画は、非常に便利で有益なツールであると思っています。

                                弁護士 品谷圭佑

 

 

2022年10月13日 (木)

ナビゲーションシステム等の先端機器を利用した場合における過失認定

 先日、背骨を骨折した患者に対し、骨を固定するための医療金具を脊椎に挿入する手術を行ったが、その際に、誤って脊髄まで圧迫してしまった、その原因が、手術を行っていた医師としては金具挿入時に違和感を感じていたが、手術用ナビゲーションシステムのモニター画面では適切な位置と表示されていたため挿入を続けたためだったという事案で裁判になっていたところ、和解が成立したという記事を読みました。

 上記記事を読んだ際に、ナビゲーションシステムの利用は手術を正確・安全に実施するためのものであり、現在はかなり精度も上がっているのだから、場合によっては医師の「感覚」よりもナビゲーションシステムを信用すべき場合もあり得るのではないか、そのような場合において過失の認定をどのように考えるのか疑問に感じ、ナビゲーションシステムについての文献を少し読んでみることにしました。

 文献によれば、ナビゲーションシステムにはいろいろな種類があるものの、いずれの場合においても、患者の解剖学的情報と、術前・術中の画像情報との位置合わせ(レジストレーション)が最も重要だそうです。

 つまり、ナビゲーションシステムの仕組みとしては、位置感知システムと当該システムに基づくデータを高速画像処理するワークステーションから構成されているわけですが、位置感知システムを正確に作動させるためには、正確な情報、つまり正確なレジストレーションが重要であり、レジストレーションが正確に行われていれば、モニター上に示される位置と、真の位置との違いは1ミリ以下になるそうです。

 では、レジストレーションが正確になされていれば、全く問題がないか、というと、どうもそうではないようです。

 「誤差1ミリ以下」と聞くと、もはや驚異的な誤差の範囲内のように思いますが、やはり、小さくても誤差があることには変わりはなく、また、金具挿入時等に椎体が動いてしまうこともあり、そのために誤差が大きくなってしまうこともあるとのことでした。

 上記を踏まえると、「レジストレーションをきちんと行っていなかった」場合は「過失」が認定される可能性が高くなるのでしょうが、現時点においては、レジストレーションをきちんと行っていた場合であっても、ナビゲーションに依存することなく、術前に把握した情報に基づいて医師自らが判断しない限り、やはり過失が認定される可能性があるのだろうと感じました。

 今後、このような機器等を用いた手術に関する裁判例等も増えるかと思いますので、注視していきたいと思っております。

                                 弁護士 大城 季絵

2022年7月 7日 (木)

「後方視的」という言葉  

1 現在,複数の医療事故訴訟事件を取り扱っていますが,医療機関の代理人の準備書面や口頭での説明の際に,「原告の主張は後方視的な見方(考察)である」という言い方がたびたび行われています。以前から医療機関の代理人は使っていた言葉でしょうが,最近やや多く目にするように感じています。比較的若い代理人が使っているという印象を持ちます。これらは私の個人的な受け止め方であるのかもしれませんが,医療機関の代理人が使用する言葉にも流行りというものがあるのかもしれません。

  「後方視的」という言葉は,「後方視的な研究」という用法に示されるように,

既に行われたことをさかのぼる(回顧する)という意味です。「後方視的」は英語では「retrospective」(レトロスペクティブ)となります。医療事故訴訟事件において医療機関の代理人が準備書面で書いてくるのは,「・・・という原告の主張は『後方視的』な考察であり,結果責任を問うものであるので,医療行為の評価としては適切でない。」というものです。

 ただ,訴訟手続による紛争解決は,そもそも「すでに起きた過去の出来事」に対して「事後的な解決(救済)」を与えるものですから,本来的に「後方視的」なものです。医師や医療機関からすれば,目の前の患者に対してできることを行ったのであり予想できないことが起きた(起きていた)という「前方視的」(英語では「prospective」)な評価を行うべきであると主張することになるので,「後方視的」という言葉は医療事故訴訟を批判的に述べる際に使われます。

2 患者側代理人としては,医療事故訴訟における代表的な主張の組立てとして,

(1)客観的に発生していたよくない状態(解剖所見などが根拠),(2)(1)が発生していたことをうかがわせる症状や検査データ(数値),(3)(2)にもかかわらず医療機関は医療水準として求められる必要な対応を行わなかった,(4)そのため,患者は死亡した(重い後遺症が発生し残存した),という流れがあります。

 このような事案においては,(1)客観的に発生していたよくない状態を明確に示していくこと(客観的な事実であり,医療事故訴訟の出発点でもあります。)

が必要です。ところが,これに対して,医療機関の代理人は,「原告の主張は後方視的な見方ないし考察であって適切ではない。」と主張して,原告の請求やそれを基礎づける主張を争ってきます。もっとも,患者側としては,客観的に発生していた状態を明確にすることが出発点で責任追及の前提になります。そして,このことは,決して後方視的な見方や考察というものではありません。客観的に発生していた事実を明確にすることは結果責任を問うこととは異なります。

 今後も,医療機関の代理人から「原告の主張は後方視的な見方ないし考察である」という主張(準備書面の記載)がなされるでしょうが,これに惑わされることなく,客観的な事実を明確に示していくことを基本にして,医療事故訴訟事件に取り組んでいきたいと思います。

                                    弁護士 上田 正和

2021年11月11日 (木)

便利さと危険さ

 医療裁判や医療に関する話をしなくてはということで、どのような話をしようかと考えていたら、先日、以下のようなニュースが流れてきました。

 先月(筆者注:10月)31日、患者の電子カルテのシステムがコンピューターウイルスに感染し、使用不能となっているつるぎ町の町立半田病院では、依然、復旧のメドが立っておらず、引き続き、新規の診療や救急患者の受け入れを中止しています。つるぎ町の町立半田病院は先月31日、電子カルテのシステムが「ランサムウェア」と呼ばれる身代金要求型ウイルスに感染し使えなくなりました。(URLhttps://news.yahoo.co.jp/articles/f0273d8be423ee4c4d409cee78f07027befb3164

 JRT四国放送)

  電子カルテが普及し始めてから相当期間が経過し、本当に多くの医療機関において導入されてきています。電子カルテの導入による医療機関のメリットとしては、業務の効率化、検査結果とカルテの一元管理、省スペース等、色々なものがあると言われています。

 医療裁判を担当する者としては、電子カルテは情報がまとまっていて検討しやすいし、改竄の可能性も手書きのカルテに比べて相当低いし、何よりも「何が書いてあるかわかる」ということが本当にありがたいと思っています。手書きのカルテの場合、英字等による略称が頻繁に用いられ、しかもその用いられる略称は医師によって異なることも多いために判読に苦労し、何よりただただ字が汚くて読めないということも多いのです(私の字も本当に汚いので、人のことを言えた義理ではないのですが)。

 そういう意味で、電子カルテというのは本当にいいことづくめだなあと思っていたところに冒頭のニュースです。

 考えてみれば当たり前なのですが、電子カルテに限らず、資料を電子化するということは、パソコン等のコンピューターに依存するということですから、それが使えなくなれば業務の全てに支障が出てしまいます。しかし、病院の場合、そのような状況でも現に入院している患者の治療は続けなければいけません。その患者の状態はどうであったのか、これまでどのような薬が処方されていたか、今後どのような治療をしていくのかということが正確に分からない中での手探りの活動となっているのではないでしょうか。現在、現場で対応にあたっている方の苦労は並大抵のことではないだろうと推察します。

 私も、日々の業務で使用した資料の多くを電子データ化しています。スケジュールなども、インターネット上で管理しています。もし、自分にも同じような事態が起きたときのことを考えると背筋が寒くなります。私も、現在の電子データのバックアップ体制が十分かどうか検討していきたいと思います。

                                   弁護士 福原 亮

 

2021年9月 9日 (木)

医師講演-臨床検査をテーマとして

医療事故研究会の会員は,毎月,例会という学習会を開いて研鑽を積んでいます。

例会では,担当事件の報告を元に討議したり,医療知識の勉強会をしたりします。

医師を講師として招いて,レクチャーをしてもらうこともあります。

医療の専門家から直接話を聞ける機会は大変有益であり,医師講演の例会には,

いつにもましてたくさんの会員が参加します。

 

7月の例会では,内科の医師をお招きし,臨床検査をテーマに講演をして頂きました。

今回の講師の医師は,過去にも合宿で講演をして下さったり,会員の扱う医療過誤事件で

私的鑑定をして下さったりと,お世話になっている馴染みのある先生でした。

 

講演では,まず,医療における臨床検査の位置づけ,臨床検査の分類という

体系的な面に関する説明がありました。

次に,入院時,手術前などに全身状態の概要を把握するために行うスクリーニング検査

の特色の説明などがありました。スクリーニング検査は,隠れた疾患,合併症の発見,薬剤の副作用防止

などの目的で行われるものです。

その他,院内検査(検査科)か,外注検査か,という観点からの解説もありました。

 

医療過誤訴訟においては,臨床検査の記録は,客観的な証拠として高い証拠価値を持ちます。

この検査数値からすれば,担当医はこういった治療を行うべきであった,という形で

過失の重要な根拠となることもあります。

医師講演の後半では,講師の先生が過去に関与した医療過誤事件の中で,

臨床検査の評価が争点となった事件の報告がありました。

 

医療過誤訴訟で重要な意味を持つ臨床検査について,横断的,概括的に学習できた今回の医師講演は,

大変貴重な機会でした。

今回の例会は,コロナ禍により,Web会議システムで行われたことも画期的でした。

自分の事務所にいながら,講演をリアルタイムで聞き,質疑応答もできます。

Web会議でも,会議室に集合して行う講演とほぼ同じ成果をあげることができるのではないか

と思いました。

今後は,こうしたIT機器も取り入れつつ,より充実した研鑽を目指していきたいと思います。

 

                                弁護士 武谷 元

2021年6月10日 (木)

医療事故の調査について

 医療事故の相談においては、医療記録を見ないで有意なアドバイスをすることはできませんが、それを理解していないのではと思われる人がまま見受けられます。その場合は、医療記録の開示請求をしたうえで医療記録を持参のうえ再相談を求めるというアドバイスのみとなってしまいます。また、「手元にある関連する資料のすべてを持参することが望ましい」と研究会の本にも書かれているところですが、資料を持参しない人もまま見受けられます。その場合は、アバウトなアドバイスしかできないことを念押ししたうえで話すことにならざるをえません。

 医療記録が持参されている場合は、話の内容に係る事実関係から、過失、因果関係、損害という要件ごとに医療記録で裏付けをとりながら分析すれば、1時間の相談時間で、「医師や病院に責任を問うのは難しい」か否か、おおよその見当をつけることができます。

 医療事故の可能性がある場合は、問題となっている分野を専門とする医師に医療記録を読んでもらい、専門家としての意見を聴取することが必須となります。調査には、弁護士費用、調査活動の実費、専門の医師への謝礼金等、それ相当の費用がかかることになりますので、調査結果の内容次第で、かけた調査費用が無駄になってしまう可能性があることを念押ししたうえで調査を受任することになります。それでも、その調査結果が、依頼者が「今まで考えていたのとは違う見解」であった場合、依頼者の納得が得られないことがあります。

 そのため、調査を受任する前に、すべての医療記録の開示請求を相談者に求め、すべての医療記録を揃えたうえで専門の医師の意見聴取ができるように準備を整えたうえで、私自身もその医療記録を検討して調査結果についてのおおよその判断をつけてから調査を受任するよう心がけるようにしています。

                                      弁護士 山内 容

2020年12月 3日 (木)

新型コロナウイルスと医療事故

 2020年は、新型コロナウイルスが猛威をふるった年でした。「医療崩壊」と言うキーワードがすっかり定着しましたが、我々市民の日常生活にはそれほど影響が現れていなくても、医療制度の方が先に倒れてしまうことがあることが分かり、医療制度の脆弱性が浮き彫りになりました。医療は我々の健康や生活を守ってくれるものだとばかり思っていたのに、逆に、我々市民が医療制度を守るために生活様式を変える日が来るなんて誰が想像していたでしょう。

 さて、新型コロナの影響は、医療事故にも及んでいるようです。

 2020年4月、新型コロナウイルスに感染して兵庫県内の病院に入院していた50代の男性が治療中に容体が悪化して死亡したという件で、医療機器を使用した際に血管を傷つけたという医療事故の可能性が否定できないとして警察が司法解剖を依頼したものの、少なくとも4つの大学が、感染対策が不十分で受け入れが困難などと回答し、最終的に解剖が実施されなかったケースがあったという報道がありました(2020516日/NHK)。

 この報道によれば、法医学教室は全国に約80あり、年間2万件の司法解剖を行っているとのことですが、新型コロナウイルスの感染リスクを考えると、どこも積極的に受け入れるのは難しい状況のようです。

 解剖には、司法解剖(事件性のある変死体の死因を調べる)のほかに、行政解剖(事件性のない変死体の死因を調べる)、病理解剖(病死した場合に遺族の承諾を得て死因を調べる)などがありますが、感染リスクの問題があることは共通です。もし解剖が行われないと死因の特定や治療の適切さが判断できず、医療事故の可能性があっても、立証する材料が不足しているとして訴訟を断念することにもつながってしまいます。そのようなことがないように、解剖現場での感染リスクの問題が改善されることが急務といえます。

                                                                                  弁護士 中村 新造

 

2020年7月 9日 (木)

医療事故の時効

 医療事件を含む損害賠償請求には時効があります。時効になった後に裁判を起こし,相手から「時効により消滅している」と主張されると,裁判は棄却されます。

 なぜ時効というものがあるかというと,一般的には,①長く続いた状態を法的に確定させる,②時間が経ったことで証明が困難になった者を救済する,③怠慢な権利者は保護しないといった理由が挙げられています。

 医療事故により損害賠償を請求する場合,不法行為として請求するか,債務不履行で請求するか,二つの方法があります。2020331日までに発生した事故については,改正前民法により,不法行為の場合の時効は「損害と加害者を知った時から3年」,債務不履行の場合の時効は「医療事故の時から10年」とされていました。これが,改正民法では,202041日以降に発生した事故については,人の生命・身体を侵害する不法行為の場合は,「損害と加害者を知った時から5年」,「医療事故の時から20年」,人の生命・身体を侵害する債務不履行の場合は,「権利を行使することができることを知った時から5年」,「権利を行使することができる時から20年」とされました(詳しくは当研究会「医療ミスでは?と思ったら読む本〔第2版〕」Q88を見てくださいね)。

 しかし,時効で権利救済が図れなくなることに疑問を持たざるを得ない事案もあります。最近では,1957年に旧優生保護法に基づき強制不妊手術を受けた被害者が,被害の実態を初めて知った2018年に裁判を起こした事案について,裁判所は,時効と似た除斥期間(じょせききかん。行為から20年で損害賠償請求権が消滅するとされていました)の規定を適用して,訴えを棄却した事案があります(東京地判令和2630日)。そもそも除斥期間というのは何のためにあるのか…と強く疑問を持った判決でした。時効の趣旨が当てはまらず,時効の期間を経過してもなお権利を救済しなければならない事案があるのです。

 医療事故については,実際に医療事故かどうかが分からないことも多く,被害者が債務不履行を認識し損害賠償を現実に行使できるところから時効がスタートするという裁判例(大阪地判昭和63715日)や,証拠保全申立ての時から時効がスタートするという裁判例(大阪地判平成10216日)があり,時効については柔軟に判断されることがあります。

 時間が大分経っていて大丈夫かな…と思っても,まずはご相談してみてください。

                                  弁護士 関哉直人

«カルテの改ざんについて